Alex Henry Fosterへの窓 – 限定インタビュー – Montreal Rocks

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掲載:Montreal Rocks

原文はこちらから

Randal Wark & Alex Henry Foster

革製のジャーナルを開こうとしている自分を想像してみて下さい。ペンに触れ、紙に触れ、フィルターなしに、自分のトラウマや真新しい傷跡を探り始める。 

このエクササイズの最後、あなたは心の奥底にあった気持ちを吐き出し、最も深い恐れと向き合い、忘れたいと願ったトラウマを再体験します。

どのくらい必死に、あなたはそのジャーナルを好奇な目から隠すでしょうか?金庫に入れますか?銃を持ったセキュリティをつけますか?それとも海の底に沈めますか?

Alexはその全く反対のことをしました。彼はそのジャーナルを手に取り、優しく音の層の上に乗せ、自身の最近の人生を映し出すそのサウンドトラックをリリースしたのです。

暗闇、痛み、トラウマから始まったものは、本当の自分の声を見つけ、光を感じ、許しを見つける物語となりました。

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Montreal Rocksは2019年11月30日にL’Astralで開催されたソールドアウト・コンサートの直前、Alexにインタビューする機会を得ました。控え室の壁はバンド、過去のライブの思い出や、Your Favorite Enemiesの重要な出来事を写した写真たちで埋まっていました。

私たちはまず、お互いが参加したニック・ケイヴの Evening of Talk and Music (トークと音楽の夕べ)について話しました。

Alex Henry Foster:  もう長いことニック・ケイヴのファンなんだ。彼は突然、有名人になったよね。手紙と一緒にさ。たくさんの音楽雑誌で話題に上がり、隔週でウェブサイトもアップされてる。それは一種の「戦略」なのかなって思ったんだ。僕みたいなファンにとっては、彼が全く別人になったような。

Montreal Rocks:  自分のヒーローには会うなってやつですね。

Alex:  そうそう。ニックとバッド・シーズのメンバーたちにはロンドンで会ったんだけどね。全くの偶然に。早朝に John Henry’s  でリハーサルをしていたんだ。僕らはリハーサルとか準備においては、ハードコアなバンドでさ、朝早くから取り組むんだよ。でも、もう既に僕らの前からリハーサルしているバンドがいた…ワオ、コイツらも真面目だな!って思ったよね。リハーサルのためにセットアップをしながら、音楽が聞こえてきたんだ。”へぇ…ニック・ケイヴのカバーかぁ!”って思ったよ。それでも、黙々と自分たちのすべきことをしていたんだけど、ある時“ちょっと待てよ…ニック・ケイヴのカバーを延々と続ける奴らがどこにいる?まさか…”って思った時に、ミス・イザベルがスタジオに入ってきて、共同のキッチンエリアでニック・ケイヴを見たって言うんだ。だから、まさに偶然、その日丸々、最高の人たちと過ごすことになったんだよ。

僕のバンド(Your Favorite Enemies)では、たくさんのフェスティバルにも参加したから、大好きなバンドや人物に会うチャンスがあったんだ。でも、時に会うのを躊躇した。だって、その日の彼らの態度とかで、自分の好きな音楽にまで影響しちゃうかなって思って。もしも彼らが良い態度を取らなかったとしても、それが本来の性格だとは限らないだろう?

MR:  誰にでも気が乗らない日はある。

Alex:  そう。だから、僕も人と会う時には気をつけているんだ。自分がどんな気分であろうとね。その瞬間はとても大事だから…

MR:  彼らにとって…

Alex:  僕にとってもだよ。その視点を失くしたら、その全て、いわゆる人と交流する理由を失ってしまう。

たとえニック・ケイヴのような経験豊富な大御所アーティストでもね…あれは、彼だった。

MR:  思い通りの人だったんだですね。

Alex:  そう。それは良いことだよ。特に今の音楽業界では、遮断されていると感じるからね。世界が縮み、みんなが存在しない何かの欠片を求めて戦っている気がする。理由が何であれ、ライバル関係が存在するんだ。僕らは違うエリアで発展していってるから、そういう風に派閥に関わったことはない。一瞬でも“モントリオールバンド”になったことはないんだ。だって、全てが別の場所でスタートしたから。自分が正しい観客や派閥にいるかなんて、そういう視点を持ったことがなかった。  

MR:  なるほど。では、最初に戻りましょうか。というのも 「The Beginning is the End」(アルバム『Windows in the Sky』の1曲目:始まりは終わり)ですから!

Alex:  そうだね!

MR:  あなたが子供の頃、ご両親のレコードコレクションをよく聴いていたそうですが、あなたの人生を変えたものとして強く印象に残っていることは何ですか?

Alex:  家に音楽がない日なんて覚えていないくらいだよ。僕の父はいつも仕事を得たり、それをキープするのに苦労していたから、僕は質素な家庭で育ったんだ。何度も引っ越しをしたよ。僕が13か14歳のときになって初めて「ここが家だ」って言える場所に落ち着いた。

音楽は、そんなクレイジーな環境から守ってくれた存在なんだ。

MR: 唯一、コンスタントに続くものとして。

Alex:  そうさ。たくさんの喜びを運んでくれたよ。僕の母はElvisとかJerry-Lee Lewisなんかの、オールドスクールなロックンロールが好きなんだけど、僕が小さい時は、毎週土曜日の朝に母と音楽に合わせて踊っていたのを覚えてる。

僕の父はLed Zeppelin, Pink Floyd, CCR, Black Sabbath, Rolling Stonesが好きだった。父と過ごした時間の中で良い思い出というのは、音楽を通したものなんだ。父は「あるものを見せてやる」って言って、数え切れないくらいのLPや7インチレコードのコレクションを見せてくれた。とってもパワフルだったよ。

音楽は僕にポジティブな影響を与えてくれたと思うんだ。自分を取り囲む現実を理解することから守ってくれたと思う。あと仲間と僕を、とても特別な方法で繋げてくれた。

それが子供の頃の良い思い出かな。

そして十代になると、自分で音楽を見つけていった。

MR:  私も一人っ子なんですよ。

Alex:  一人っ子ってさ、常に一人なんだよね。母は僕にアートや読書を強く勧めていた。後から思えば、それが今現在の僕のドリーミーな要素を形成するきっかけとなったと理解してるよ。何故、僕が言葉、音に興味を持っているか今なら分かるんだ。なんで音楽を通して特別な方法で人と繋がることに情熱を持っているのかも。

MR:  一つ聞いても良いですか。完全な興味本位なんですけど。あなたは、十代のはじめに、ガラッと方針を変えた…ダークサイド、ネオナチの方向に。

Alex:  うん。

MR:  そして、また全く違う方向へと向かい、アムネスティ・インターナショナルと関わりを持ちました。あなたのお父さんが言った言葉で、感覚を取り戻したと言っていましたが、お父さんは何と言ったんですか?

Alex:  僕は学校でいじめられたんだ。ちゃんとした服装をしていなかったから。自分が何故いじめを受けるのか、当時は理解できなかった。だって、僕は現実がシャボン玉に覆われている家から出てきていたから。 

突然、僕の父はアルコール依存症になった。ものすごく酷いやつだ。外の世界から僕を守っていた安全な環境が、突如として無くなってしまったのさ。

僕は怒りを抱えていた。混乱していたし、イライラしていた。そういうグループ(ネオナチ)の人たちと出会ったのは、音楽を通してだった。

カンフェレンスで僕の経験を話すとき、僕はとても孤独だったことを伝えるんだ。もしも、誰かが僕のところに来て:なぁ、一緒にチェスやらないか?って言ったら、僕はきっとチェスの世界チャンピオンになるくらいの勢いでやったと思う。そうだったら良かったよね!

でも、僕のように孤独を抱えたキッズを見抜いて、探し当てたのが、ネオナチのグループだった。いつの間にか、常に彼らと一緒にいる自分がいたんだ。それはユニフォームや、裏にあるイデオロギー以上のことだった。それでも、僕はそんなクレイジーなものの一部だったんだ。

僕の父が人生をガラッと変えたとき、そのことで僕は父を憎んだ。母さんと僕が通らなければいけなかったものに対して、まるで何事もなかったかのように:“イエス様と出会ったんだ…俺は救われる”なんて、そんな話あるかよって。

僕は“お前は救われるかもしれない。けど、僕はこれでもかってくらいお前に代償を払わせてやるぜ!”って思った。

でもさ…僕は十代だったんだ…

MR:  どうやって受け止めて対処して良いのか分からない。

Alex:  その通り。このことと、学校のことで、僕は常に嵐の中にいるみたいだった。唯一、自分を守る方法が音楽だったよ。

父とは、常に対立していたんだ。いつも揚げ足をとっていた。父に食ってかかるために聖書まで読んだね。父のことを嫌っていたわけじゃないんだ。けど、僕は彼に代償を支払って欲しかった。

MR: 反抗期ってのは誰もが通る道ですね。振り子はある方面から、違う方面へと大きく揺れる。けど、あなたは結局その真ん中を見つけましたね。

Alex:  あるとき、父が僕のところに来て言ったんだ:「あのな…お前は正しい」ってね。

父はこれまでのことを謝ってきた。父が泣くのを見たのは、あれが初めてだったよ。子供の頃の自分の体験とか、自分の身に起きたことなんかを語ってくれた。  

それが影響したんだと思う。だって、心の奥底では、僕は暴力的な人間ではなかったから。僕の核の一部ではなかったんだ。

僕はそれを受け入れ始め、そしてぶち壊した。ネオナチのグループに所属することでの代償 VS 僕が手に入れたもの…それはただ、すごく変だったよ。

また、成長し、色々な人と出会い、彼らの忍耐や思いやりに影響を受けたりもした。彼らはユニフォームの下にある本当の僕を見ることができたんだ。

誰にも触れられたくない、または人に近寄って欲しくない壁がある。自分だけの空間で安全でいたいからだ。このメッセージはとても強くて嫌悪感を持つものだから、誰もあえて近づこうなんてしない…でも、友人たちはそれでも僕のところに来てくれたんだ。

それに気づくまでには時間がかかったよ。父が言った言葉と言うよりも、その人を見て:そうか、マジなんだな…彼にとって。って認識する感じ。

MR:  その脆さは、多くの強さを表していますね。当時は涙なんか見せるのは男じゃないっていう時代でしたし。全てを内に仕舞い込んで、全てを理解したようなフリをするのが当たり前だった。男の人が脆さを見せるのは、良いことだ。

Alex:  そう。それが出発点だったと思う。

MR: あなたのアルバムも脆さについてです。あなたはそれをお父様から受け取って、今、他の人たちに与えている。

Alex: そうだね。一瞬、立ち止まることは美しいことだ。全世界がとても早く回っているように感じるし、特に今は、実際に何が起きているのかよく分からない。理解してるフリをするのさ。

あの瞬間、父が僕の隣に座ったとき、たとえその後に再び同じ話題について会話をすることがなかったとしても…最も必要で、最も重要な会話となったんだ。

すごく感動したよ。父は190cmで、110kgもある大柄な人でさ、働き者だった…よくある典型的な男さ、分かるだろう?そこに僕だよ。小柄ながらも、勢いを持った奴が…食ってかかるんだ…おもてに出ろ!って感じでね。

それが僕にとってターニングポイントになったんだ。彼を傷つける以上に自分を傷つけていると気づいた。もう筋が通らなくなっていたんだ。それまでの数年、僕は自分が映し出しているものによって、知らない間に人を傷つけていたと認めるときだった。

MR:  そうだね。君が身に着けるシンボルでさえも…

Alex:  そう。初めてのミッション・トリップをしにハイチに行った時、エイズ患者を対処している人たちと一緒に働いていたんだけど、白人は僕一人だったんだ。あまり人気者じゃなかったよ(笑)そこで理解したんだ。ジャッジされることがどんなことかって。僕が映し出していたものを、彼らは経験していた。その瞬間は僕にとって、意義深いものだね。

アムネスティ・インターナショナルと関わりながら、僕は彼らと正反対の位置にいるのとは違う視点を持つようになったんだ。

こいうグループ(ネオナチ)から今だに抜け出せない人たちを可哀想だと思う。人には僕の視点が理解しづらいんだけどね。だって、こういうグループを憎く思う方が簡単だから。それは彼らが君に見せているものの反射なんだ。

僕はまた違う視点を持っている。何故なら、僕はユニフォームの下にあるその人自身を見たいから。僕はかつて彼らの一員だったけど、まだ他人の手が届いたんだ。拒絶が生むのは…

MR: 憎しみ。

Alex:  その通り。僕は他の人と少し違う視点を持っているからこそ、彼らをジャッジすることなく、手を伸ばすことができる。何だって話すことができる。

MR:  人間的な部分を見つけられるんですね。

Alex: そう…あるんだよ!カンフェレンスに出席するチャンスがあれば、いつだってやりたいんだ。だって、彼らと関わっている人たちや、こういうグループの犠牲になった人たちに違う視点を与えることができるから。

MR:あなたのことをそこまで詳しく知っているわけじゃありませんが、ご自分のエゴを打ち破る方法を見つけたように感じます。あなたはYour Favorite Enemiesから少し離れる決意をした。そうすれば、自分のエゴに支配されることなく、本来の自分自身でいられるからと。自分を保ちたいという望みや、今あなたがしていることを楽しめるようになったきっかけは何でしたか?

Alex:  僕らはもう12年ほど、ずっと一緒にいてツアーをしてきた。けどある時点で、現実への視点が分からなくなったんだ。このビジネスでは、ある程度のファンを持つことは普通のプロセスだ。バンドもそうだった。そして、世界中をツアーして回った。

その中で、リードシンガーっていうのは常に注目を浴びるポジションだ。特に僕は特異な過去を持っている上に、アムネスティ・インターナショナルとも関わっていたから。

ある意味、僕自身の正気を保つことは大事なことだったんだ。あっという間に過ぎていくからね!

自分のプレスキットを信じ始めたときには…もう遅すぎるのさ。 

“自分のプレスキットを信じ始めたときには…もう遅すぎるのさ。” – Alex Henry Foster

僕はいつだって華やかなものへの距離を保ち、自分本来の視点を保ってきた…人に信じてもらいたいこと…どうやって自分を受け取って欲しいか、についてもね。このビジネスはイメージが全てなんだ。自分がどう見えるか、何を信じているかについての強いメッセージが必要だと思っている。

僕が少し特殊なバックグラウンドを持っているからかもしれないけど、こういう罠にハマるのがいかに簡単か分かっているんだ。僕はそんなゲームをプレイしたいと思ったことはない。Your Favorite Enemiesでの経験で理解したんだよ。注目を浴びること…ファンタスティックだった!僕らはとても幸運だったよ。でも、僕は少し離れることが必要だったんだ。自分は何故これをしているんだろう?僕は本当に楽しんでいるだろうか?

一時停止ボタンを押さずにいるときには、理由がある。もしかしたら、本当の問いかけをしたくないのかもしれない。もしかしたら、休みが必要だって言う奴になりたくないのかもしれない。もしも、そうしたら、他の人たちの人生、愛すべき人たちの人生に影響を及ぼすから。

僕の場合は、一旦ストップしないといけないところまで来ていた。限界だったんだ。徐々に自分を壊していった。全く楽しんでいなかった。僕は疲れ果てていて、全てが重荷になっていたんだ。自分の感情と繋がることができずにいた。聴いてくれる人たちにとって、それがどれだけ大事なことか。僕は何がしたいのか。みんなと繋がりを保ちたいと思いながら、失くしていっているように感じた。同じことを繰り返し、同じジョークを言い、同じセットを演奏するロックンロールの典型になんかなりたくなかった。

一旦、休むことが必要だったんだ。他のバンドメンバーたちは同意してくれたよ。だって僕らは本当に兄弟みたいなもんだから。

リハーサルしたり、新曲を書いたりするためにスタジオに入ることは、写りの悪い写真のような感じだった。フォーカスが取れていないはずなのに、後ろに座って、全く楽しんでいない僕がはっきりと写ってるような。音楽業界じゃない人たちにとっては明らかだったんだ。でも、常に動いていると、なかなか自分じゃ気づかない。

MR:  でも、彼らはここにいる。そして明らかに、あなたをサポートしている。

Alex:  そうだね。

MR:  あなたのお父様が亡くなったことが、大きなきっかけとなったと思います。私たちはお互いニック・ケイヴのショーに参加して、このような嘆きを経験することは、自分の人生が幾千もの破片となって飛び散るかのようだとニックは描写していました。そして、あなたの場合、その破片を全て拾い上げ、再び繋ぎ合わせて自分自身へと戻ろうとしました。けれど、以前と同じ自分にはなれない。

Alex:  そうだね。

MR:  ニックは、周りからの多くのサポートがありました。あなたはタンジェへ向かった。それは自分自身を取り戻すためでしたか?

Alex:  父が亡くなったとき、まだ僕らの間はギクシャクしていたんだ。僕は海外ツアーでいつもいなくて。遠く離れていると、あまり繋がりにくいんだよね。特に僕は。父が亡くなる10日前くらいに、お互いにようやく顔を合わせることができたよ。

僕にとって、イライラして、難しいと感じたのは、何年も前にした会話のどこから、また再び始めれば良いんだ?ってこと。

父を見ながら思ったよ。大柄で無敵に映った男は、今やとても脆く僕の目に映る。彼は弱っていたけど、でも心は強いままだったんだ。僕は父の信仰の強さにとても感動した。そんな父は見たことがなかったから、とても混乱したよ。

父が亡くなったとき、僕は全てを閉じた。5日後には台湾でのフェスティバルでヘッドライナーを務める予定だったんだけど、バンドメンバーでさえ、キャンセルしても良いんだよって言ってくれた。母は「キャンセルしたいなら、しなさい。行きたいなら、行きなさい」って言っていた。

結局、僕らは台湾へ行き、90,000人の前で演奏したよ。けど、僕は何も感じなかったんだ。バンドメンバーも僕がいつも通り淡々とこなすのを見ていたけど、何か普通じゃないっていのは感じていた。

タンジェでは、それに触れなきゃいけなかったんだ。ここ数年で、僕はバンドとして、友人として、兄弟として、家族として経験してきたもの全ての感情から切り離されていた…心に何かを感じることが、全くなくなっていたんだ。

MR:  心が死んでいたんですね。

Alex:  そう。だから、少しの間Your Favorite Enemiesをストップする必要があった。自分が訪れたことのない場所へ行く必要があったんだ。友達もいない、文化的にも全く違う場所に。誰からも僕が見えない場所にね。

自分が戻ってきたいかどうか、自分でも分からなかったよ。完璧に我を失っていた。けど、だからと言って無茶をしようとかそういうわけではなかったんだ。僕は混乱していたけど、それを認識していて、向き合わなければいけないって分かっていた。

僕の友人たちはみんな、すごく心配していたよ。自殺でもするような奴に見えたのかな。

タンジェへ行ったのは、父が亡くなってから数年してからのことだけど、その間のことは、あまり記憶にないんだ。色々なことをしたんだけどね…ツアーや…フェスティバルなど。Your Favorite Enemiesとして最も成功した時期だと思う…でも、感情的に何も覚えていないんだ。もちろん、場所は覚えているけど…何を感じたか、全く覚えていない。

MR:  もう限界だったんですね。

Alex:  そう。僕はちゃんと悲しむ必要があった。

MR:  まるで複雑なパズルのようですね。全てをテーブルの上に置いて、それぞれのピースを見なきゃいけない…なんでこんな人生になってしまったんだって…それを全部つなぎ合わせる前に。

Alex:  たとえ周りの人がどれだけ支えてくれていて、助けようとしてくれていても、僕の頭の中は“どこから始めれば良いんだ?何をすれば良いんだ?”って感じだった。

人の死を経験する年はそれぞれだけど、大抵はある程度、大人になってからが一般的だ。僕はおじいちゃんを4歳か5歳のときに亡くしてるんだけど、その時すでに、人を失う意味について理解したし、それについて話もしたんだ。

MR:  そんなに小さい頃でも?すごいですね。

Alex:  そう。人の死について理解していた。けど、大人になった僕は、ただ“止まらずに、すべきことを続けよう、続けよう、続けよう”って。

タンジェで、湾岸沿いを眺めながら認めたよ。僕は完全に迷ってるってね。僕の人生は全くどうなってしまったんだ?って。

その全て、たとえ数ヶ月前にライブをして、みんなが叫んでいたとしても、まるでTV番組を見ているかのようだった。そして思ったんだ。ちょっとやりすぎなシーズンだったのかもって。

MR:  つまらなくなったと。

Alex:  そう。そう感じたよ。それが自分の人生だと、よりいっそう変だよ。

MR:  アルバムには水の表現がたくさん出てきます。今、目を閉じて、タンジェにいる自分を想像するとき…水はどんな感情を思い出させてくれますか?

Alex:  平和かな。それをずっと探していたんだ。僕は常にノイズの真っ只中で生きてきた。タンジェのホテルのテラスに座って、ただ海を眺める。何度そうしたか、覚えていないくらいだよ。タンジェでは空がいつも青いんだ。海を完璧に反映してるんだよ。自分がどこにいるのか分からなくなるくらいに。

MR:  上に何があって、下に何があるのか?

Alex:  そう、その通り。僕はそう感じて、だからこそ、そういう状況にいる自分を認めることができたんだ。その平和…目を閉じて、音を聴く。

ボートでさえ、というのも45分おきにタンジェからスペインへ向かうボートが出るんだけど、それに乗って旅をする人たちについて、頭の中で想像しながら考えたんだ。僕は街の通りを歩く人々を見て…その人たちのライフスタイルを見ていた。

僕はタンジェでも古い地域にあるフレンス人オーナーのホテルに泊まっていたんだ。僕らは友達になった。何故僕らが友達になったか聞いたら、彼らは僕がとても悲しそうに見えたからだって言うよ。

全くの他人にとっても、明らかだったんだ。別にものすごく心の不安定な人間のフリをしていたわけでもないのに。

MR: 興味深いですね。このアルバムは、あなたの内側にあって解放される必要のあったものが曲となったと思いますか?それとも、あなたが通るべき自己発見のプロセス、旅路でしょうか?

Alex:  どちらかというと、プロセスの方かな。だって、アルバムをリリースしようと思っていたわけじゃないから。これは、なんとなく海のようなんだ。僕は長いこと、海の真ん中に浮かんで、漂っていた。僕と同じ経験をした友人が、あるとき手紙を送ってくれたんだ:“君は書き綴った方が良いよ。それがなんであれ。君は作詞家だけど、それについては考えなくて良い。自分が感じたことをそのまま何でも書いてみなよ”って。

僕はタンジェへ向かう飛行機の中で、機内に小さな窓が並んでいるのを見た。空に浮かぶ窓。それがプロセスの始まりだった。僕はジャーナルの上の方にその言葉を書いたんだ。そして、僕はただ書いて、書いて、書きまくった。

結局、この言葉たちは最初に書いたのと、また違った形になったよ。僕は同じ現実の中で、物事を色々と考えていたけど、突然、最後には違うものになったんだ。

プロセスの最後には、僕は言葉を書き、曲もなんとなく書いてることに気づいた。でも、それをアルバムにしようとも思ってなかったし、僕自身の作品にしようなんて全く考えていなかった。そんなマインドセットからは程遠い場所にいたんだ。バンドと一緒にまた活動したいとも思っていなかった。僕はただ、しばらく自由に、穏やかにいられる場所にいたかった。

徐々に、この言葉たちは僕にとって特別な形で生き生きしたものとなった。僕が書いていた音楽にこの言葉を乗せ始めたんだ。映画のスコアを書いていた時でね…僕はそれがやりたかったんだ。

MR:  オーケー。ようやく分かりましたよ。ここへはメトロに乗って来たんですけど、アルバム2曲目の「Winter is Coming In」を聴いていたんですが、『地獄の黙示録』のシーンを思い出しましてね。

(大声で笑い出すAlex)

それくらい狂気を感じたんです。これを書いた時、彼の頭の中はどうなっていたんだ?ってくらいに。

Alex:  そうさ!

MR:  実際、マーティン・シーンは心臓発作を起こしたそうですよ。あのシーンは激しかった。それが最後には、美しいアーティスティックなものを生むのですが。 

このアルバムをどうやって生演奏するのかすごく興味があります。まだあなたのライブを観たことがないので。今夜ソールドアウトのコンサートがありますね。

Alex:  また全く違う体験だよ。特に今はね。僕はこのアルバムを一度、通り抜けたし、バンドは作る過程でも、とてもインストゥルメンタルだったんだ。

独立系映画のスコアを書いていた時、いつも一緒に曲を書くギター担当のBenが「これ何?」って聞いてきてね。

「あぁ…何でもないさ…気にしないで」(ジャーナル/音楽を指しながら)

Benは言った:「おい、これ…ワオ…すごくパーソナルじゃないか」

それについて2人で少し話をした。そしてBenは「これを続けたいか?無理にとは言わないけど…ただ楽しむためにさ。自分の内にある感情を解放するためにも?」って言った。  

そうやって始まったんだ。東京で先行リスニング・セッションを開催する時も、楽屋でジェフと一緒にいながら…僕はまだ考えていた:本当にこれをリリースしたいだろうか?

このアルバムをリリースし、みんなと分かち合う勇気があるか、不安になったんだ。

“このアルバムをリリースし、みんなと分かち合う勇気があるか、不安になったんだ。” – Alex Henry Foster

自分をさらけ出しすぎただろうか?もう後戻りできない事実を認められるだろうか?こんなに正直になって、Your Favorite Enemiesとしてどこからどう戻れば良いだろうか…もしも戻るのなら?それが僕の現実だった。 

楽曲を作り、アルバムにするのはまだ簡単だ。プレッシャーもなくね。でも、それを人と分かち合う時、その一線を超えるときになって、怖くなった。ジェフが僕にこう言ったよ:「Alex, 時間だよ。みんな待っている。キャンセルしたかったら、無理にとは言わない。君のものだから。どうしたい?」

僕は深く息を吸い込み、言ったんだ:「よし…やろう」

それが始まりだった。最初はライブ演奏をしたくなかったんだ。この感情を何度も何度も、生演奏で人々の前に立って経験するなんて無理だと思ったから。僕の中では問いかけでさえなかった。ライブをしたくないと言うのは、はっきりしていたんだ。

もしかしたら、僕が映画音楽をしていたからかもしれない…曲に映像をつけるのは良いなと思っていたんだ。そういう形であれば、やってもいいかなって。アルバムをリリースした後、Q & Aをやって、こういうのも、まぁ大丈夫かなって思った。でもライブでの演奏は論外だったんだ。 

そしたら、ジャズフェスティバルのLaurent Saulnierがアルバムを聴いて、何度も電話してきたんだ。「このアルバムをライブで披露するべきだ。素晴らしいアルバムで私はとても気に入っている。きっと多くの人も気に入るだろう」ってね。

そして、セールス情報も入ってきて、コントロールがきかなくなってきた。突然たくさんのインタビュー依頼が入ってきて、僕は怖くなった。「ワオ…あなたはこれだけたくさんのアルバム売り上げを出したようですが…」って。

Your Favorite Enemiesの時でさえ、売り上げなんて気にしてなかったのに。

僕は数ヶ月間、休みを取った。Laurentはそれでも懲りなかったよ。とても気に入ってくれたからこそ、僕にライブをして欲しかったんだ。だから、僕はOKを出した。

Your Favorite Enemiesとは全く違ったんだ。リハーサルしながら、僕は泣くかな?って思った。この感情をどう経験するだろう?ジュークボックスのように演奏なんかしたくない。

たとえ10~12年ほどのキャリアの中で、色々な場所でライブをし、様々な曲を演奏し、3階のバルコニーから飛び降りたりもして…そんなクレイジーなことをやってきたけど…僕はひどく恐ろしかったんだ…ものすごくね。

MR:  これは全く違う。まるでステージの上で全裸になるようなものですよ。

Alex:  バンドメンバーたちは、僕にとても良くしてくれたよ。僕が光へと戻れるように、サポートしてくれた。僕は「Your Favorite Enemieパート2にはしたくないんだ」と言った。新しい人たちをバンドメンバーに迎えたいってね。そして今は9人だよ。それってクレイジーだ。

ジャズフェスティバルとしてClub Sodaでやったライブは全く新しい経験だった。たくさんの愛を受け取ったんだ。近しい友達は、あれは僕の声だったと言ってくれた。ステージでジャンプしまくることについてじゃなかった。ロックンロールのギミックみたいにならなくて、僕は嬉しかったよ。感情を体現することについてだったんだ。だって、その感情は心に存在していたから。

MR:  このアルバムは交流のようなものだと言っていました。親密な考えや感情を分かち合い、交流することだと。この曲を様々に解釈した人たちからのフィードバックを受け取っているようですが、あなたが予想していなかったフィードバックはありましたか?

Alex:  みんなからのフィードバックを受け取った時、僕自身の感情から自由になれたよ。

ただアルバムをリリースして“じゃあまたね、みんな!好きなように解釈して”なんてことはできないのは分かっていた。

聴いた人たちが彼ら自身の嘆きや、彼ら自身の経験、難しさをメッセージで書いてくれた時は、とても、とても心打たれたよ。

MR:  人々の人生に影響を与えるアルバムをリリースしたんだと、気付いたんですね。

Alex:  そう。それは色々な意味で、全てを超越していた。だって、もう僕のアルバムじゃなくなったんだ。それは良い気分だったよ。自己中心的な目的で生まれたものじゃなくなった。

MR:  だからこそ、あなたは自分のエゴを解き放つ鍵を見つけたんだと思います。もはや、あなた自身についてではなくなった。

Alex:  そう。すごく慎ましい気持ちになったんだ。その時、僕はアナログレコードをリリースしようとしていて、注文してくれた人、一人一人に個人的な手紙を書いたんだよ。インタビューも、プロモーションも何もしたくなかった時期に、僕がやったのはそれだけ。それは人との繋がりについてだった。

とても親密なものだったよ。何故このアルバムを作ったのか、その理由を書いたんだ。レコードを買って、僕にメッセージを送ってくれた人に返事の手紙を書いたんだ。

友人たちは、僕がクレイジーだって思ったよ。たくさんの愛が込められてる。それをやらなきゃいけなことだとは思っていなかった…それは人との繋がりについてだったんだ…

MR:  やりたかったんですね。

Alex:  その通り。このアルバムがとても親密な関係への扉を開いてくれたと感じたんだ。慎ましく感じたよ。質問に答えなきゃとか、彼らに手紙を書かなきゃって思ったわけじゃない。でも、それは素晴らしい機会だったんだ。

アルバムの歌詞から、人によっては僕が思いもよらなかったことを受け取る人たちもいる。

本当にそうなんだ!彼らの解釈にインスパイアされることもあるんだよ。共感できる。

アルバムをまた違った視点で再発見できたんだ。それによって、少し距離を置くことができた。

一人の人間が、また違う人と交流をすることについて。アーティストがいわゆるファンの質問に答えるっていうものじゃなかった。それよりも、とてもパーソナルでエモーショナルなものだったんだ。

僕は日本人の女の子と話していた。日本では、感情は複雑で、異なるものなんだ。人々を知り、その文化を愛し、その意味に浸らなければいけない。

その人は家庭内で暴力を体験したと話してくれた。そして彼女は:「私は許したい。手放したい」と言ったんだ。  

そういうタイプのメッセージを受け取ったよ。すごくパワフルだ!

音楽という枠組みを超えるんだよ。それって良いことかな?それって特別かな?そうでもないかな?

こういうメッセージに対して“ワオ…ありがとう。君はとても勇気ある人だ。許しを与えることには美しいパワーがある”って言う以上に、何が言えるだろう。

僕にとって、許しは他人に与えられる最も寛容な贈り物なんだ。

“僕にとって、許しは他人に与えられる最も寛容な贈り物なんだ。” – Alex Henry Foster

他人がそれを受け取ろうと、そうしまいと、その人たちを自由にすることができる。真実をも超えるものだ。モラルや宗教をも超えるものだ。

MR:  あなたはお父様を許しましたか?

Alex: うん。彼が亡くなる間際に、そう話したんだ。あの15分が僕の人生を形づけ、その後の道へと導いてくれたよ。

RANDAL WARK
2019年12月10日

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