気にかけるかぎり

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気にかけるかぎり

今回のようなメッセージを書くのは、ひどく心が痛む…自分の故郷で狂気が乱暴に人々の命を奪ったからでなく、絶望的なまでに皮肉ったり、感情を断つことなく周りを見ることが、僕にはどんどん難しくなっているからだ…

まるで世界が、というか成長を遂げているはずの現実が、どんどん、ぼやけていっているかのよう。まるで毎回、自分の人生の外を見るよう強制されるたびに、どうしようもできないまま、目の前で明るい色が消えていくのを見なければいけないかのよう。安息の地だと思っていた場所に、逃れられない恐怖がどんどん近づいてくることによって、その一瞬、突然、目が見えるようになったかのようだ。

”恐怖”が憎むべき暗闇を連れて、交流のテーブルを訪れ続ける中で、希望、愛や平和について考えることは、ひどく心が痛む。まるで忌むべき悪が僕の全てに、僕が信じてきた全てに、僕が行動に移してきた思いやりを定義するもの全てに、挑戦しているかのようだ。自分自身の心の奥底を見てみろって言われてる気がする。でも、僕の心にある全ては、憎しみの存在を否定し、非難し、生き続けるために違う方向を見ている。まるで…まるで、何だ…?時に僕は、混乱しすぎて自分に嘘すらつけない…”きっと大丈夫だ”と囁き続ける。でも、どうやって大丈夫だなんて分かる?僕は悩み続ける。混乱しても良いんだろうか?分からない。

シャルリー・エブドの残虐行為から、許すことのできない憎しみに満ちた悲劇の数々や、それに関する写真や動画など、僕が最も嫌悪するのは、様々なメディアから聞えてくる無関心極まりないナンセンスだ。”エキスパート”、”スペシャリスト”、”オブザーバー”や”コメンテーター”は、ニュースが発信されてから、たった数秒後に、頭を使わずとも分かるいつものバカげた言葉を流す。 今朝、僕が聞いたカス情報は、政治的、社会的に考えても知的さの欠片もないものだった。とても不愉快だったよ。自分の本、協議会やサービスについて宣伝していた…思いやりも、共感も、同情も、恩恵もない。自分の宣伝だけで、一言触れることすらしなかった。すごく気分が悪くなったね。こういう繊細さの欠如にうんざりしすぎて、何事もなかったかのように今日1日を過ごすなんてできなかった。想像を絶したよ。そして、ドナルド・トランプが大統領に選ばれたから、神様はどれだけの狂気を僕らが耳にしてきたか知ってるはずだ。女性を性の対象として描き、難民を禁じ、暗殺のジョークに、ホワイトハウスに爆弾を仕掛けることについて公に話したりね。政治的、社会的な修辞学は、感覚がまったく堕落しすぎて、もはや馬鹿げた哀れみすら感じない。おぞましいよ。

実際、大晦日にイスタンブールで起きた恐ろしい事件のあと、僕は自分に約束したんだ。もう、こういう悲劇について書くのは止めようって。自分の感情を表現するのに言葉じゃ足りないとき、そうする強さがまだある人へと譲った方が良いと思って。でも、世界中にいる、文化も宗教も、社会的、経済的、政治的視点も違う多くの友人たちからメッセージを受け取って、僕が恐れるべきは、自分の弱さでも、混乱でも、疑いでもなく、沈黙だと気付いた…苦しみ、悲しみ、憎しみを育てる全てのものに対する血清は、招待し続け、ありのままを歓迎し、チャンスを掴み続けることだ…

これを書きながら、僕はまだ混乱している。今も無力さを感じ、全てを嫌悪してる。けど、最近モロッコからの友人が僕に書いてくれた言葉が、今日は心の中で響いているんだ。“がっかりしても良いんだよ。混乱しても、恐れても良い。僕らはみんなそうだ。愛、平和、世界…僕らが気にかけるかぎり、見込みのない試みなどないよ。僕らが気にかけるかぎり、いつだって希望はあるのさ。君が信じる道を歩き続けて。そして、心が折れそうになったときや諦めかけたとき、僕のように、君のことを気にかける人たちがいることを思い出して”

そして“きっと大丈夫だ”と囁き続け、”でも、どうやって大丈夫だと分かる?”と悩み続けながら、結局、僕は気にかける何百万人のうちの一人だから、大丈夫だって分かるんだと思った。メッセージを送ってくれて、そして僕を歓迎してくれて、どうもありがとう。僕の家族、愛する人たち、そして僕自身は無事だよ。世界はどんどんモノクロの荒涼へと化しているように見えるけど、失われたと思っていた色は、君の寛容な手の中に安全に抱かれていると知っている。僕の親愛なる兄弟、姉妹、愛する人たち…輝き続けよう!!!

オリジナルの英語バージョンより翻訳:Momoka

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