アーカイブ制作者

再び

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ニース連続テロへの言葉

“再び”…憎しみが、いつまでも消えない怪物のように恐怖を撒き散らしている。このような残虐行為が愛も色もない痛々しい思い出となるとき、新しい1日を思い描くのは難しい。

“再び”…世界がスローガンによって二分されているとき、映像として映し出されたテロは、マスメディアの視聴率合戦を生み、“事件”という言葉は文化的敵意のアジェンダを優先する政策の反映となる。

“再び”…人は攻撃され、打ちのめされ、奪い去られ、バラバラになり、急進的になり、孤独になり、恐れている…でも何よりも、人間味がなくなってしまった。

“再び”…多すぎるほど。いつだって、耐えようのない、受け入れられない、この宿命的な表現が僕らを悩ませる…”自分に何ができる?何か成されるべきことがあるんだろうか?”

でも”再び”、それは僕らに思い起こさせる。深い悲しみにも関わらず、僕らは今でも立ち続けているということを。動揺し、脆くなりながらも。この陰気な憎しみの侵略の前に、結束している。

“再び”…憎しみという暗い恥と向き合いながら、光の中にとどまるという勇気を僕らが持ち続けられますように。人生と愛への信仰を通して僕らは、無関心、 敵意、悪意に打ち勝てると信じられますように。

“再び”…自分の暗闇に対抗し、影の一種とならないようにするのが難しいのと同じくらい、人間を深く信じる心の地平線を越えて、いつか、”その他”の恐れによって生まれた不安から自由になって、”再び”、集まって祝福ができる日がくると信じられますように。きっと、その日は素晴らしい日になる。人々が例外なく、みんなで一緒に、築き上げることができる日になる。

だから今日は、僕の想い、僕の祈りを捧げると決めたよ…僕の兄弟、姉妹、友人、愛する人々、僕の言葉では苦しみが癒えることはないと分かっているし、きっと慰めにもならないかもしれないけど、僕の最も誠実で無償の愛を君に贈るよ…それぞれ違いがある中で、人を結ぶものは愛であり、それが互いの関係を築かせてくれるんだ…”再び”。

– Alex

讃え、昇っていく自由な動き

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ウェブロックマガジンBEEASTでのコラム連載より

“どんな創造主も、内在するヴィジョンと究極の表現のあいだに隔たりがある”
– アイザック・バシェヴィス・シンガー

013

夜の闇が消え、紫から、青、そしてオレンジへと、太陽の明るく美しい光が徐々に空を覆っていく中、僕はモントリオールを発った。この聡明なキャンバスは、地平線を心地良いヴェルヴェットの空に変える鮮やかな色合いを生み出し、新しい奇跡や、晴れやかに人生を謳歌している人々の姿を描き出している。あまりにも生き生きしているから、その姿を見ながら夢中になれる自分がとても恵まれているように感じた。時間を止められるだけの信仰があったらと願ったよ。どんどん過ぎていく時間を。物思いに耽っている僕の目に、その光景が一瞬だったとしても、止まってくれたらと願っていたんだ。

再生への招待

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ウェブロックマガジンBEEASTでのコラム連載より

アメリカで活躍したレバノン出身のアーティストで詩人のハリール・ジブラーンは、”私たちは、喜びや悲しみを経験する前に、それを選んでいるのである”と言った。そうだろうか?そうかもしれない…自分はどうだろう?もしかしたら、そうかも。

013

僕は春をずっと待ってるんだ。今年はいつにも増してね。去年11月の日本公演のあとカナダに戻ってきてから、あまり太陽を見ていないからかな。全てがあっという間に過ぎていく。早すぎて、実感できないんだ。ほんの少し、ただ通りすがりの人間としてでも良いから、自分が経験している素晴らしい季節の色を盗み見れたら良かったんだけど。もしかしたら、目には見えない”永遠”というものについて物思いに耽っていたから、時間への視点を失くしちゃったのかも。過去の亡霊や、否応なく僕の中で大きくなる悲しみについて考えてるんだ。影を追いかけるように、欠けた思い出の欠片を追いかけるたびに、かつての亡霊と一つになる。幻想が必ず自分を捕らえに来る…自分を失うまで。

だから、休む場所を探して明るすぎる夜を彷徨いながら、古びて色褪せた写真のように感じる日々を過ごすとき、誰にも知られないように膝まづいて祈った慰めの絵や、喜びに満ちた過去の囁きだけが、生きていると感じさせてくれるものになる。人にはいつか終わりが来るという本質が、毎朝の呼吸をより大切な瞬間にさせるんだろうか?僕らは薄れゆき、毎日少しずつ消えていくから、今現在の自分と未来に望む自分とのあいだで、正しいバランスをキープするために戦っているから、僕は今、どの夜明けも贈り物であり、再生への招待であり、新しい始まりへの扉だと信じているんだ。

光が輝き続けるように

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ウェブロックマガジンBEEASTでのコラム連載より

2016年3月2日 – ニューヨーク

僕の人生では、シンプルなジェスチャーが深い意味を持つことが多いんだ。だから、Your Favorite Enemiesのベーシストであり、弟のような存在であるベンが、表紙にアーネスト・ヘミングウェイの言葉が刻まれたノートを僕にくれたとき、それがベンにとって特別な行いなんだって分かってた。僕がヘミングウェイのファンだってだけでなく、そこに刻まれた言葉にも意味があったんだ。自分が体験する様々な冒険に多くの人を招いて、最大限に楽しんでもらおうと努力する割には、僕自身がそうすることは稀だってのを、ベンは知っているからね。このノートに刻まれた言葉について想いを馳せながら、BEEASTマガジンでの初めてのコラムを書いてる。そして、僕が書く言葉をみんながどう受け取るかってよりも、自分が感じたままに書こうって思ってるよ。

最近はずっとスタジオに入って作業してるんだけど、先日ライブのためにニューヨークに行ったんだ…ニューヨークへ発つ数時間前、太陽が顔を出そうとしている薄暗い夜明けに、僕はこの言葉について何度も何度も考えていた:

“人生について言葉を綴るなら
まず生きなければならない”
– アーネスト・ヘミングウェイ

憎しみ&爆弾に対する答えが愛であるなら…

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ベルギー連続テロへの言葉

兄弟、姉妹、友人、隣人と愛する人たちへ向けたメッセージ

今朝、もっとも暴力的なアラームによって目が覚めた;無感覚状態

かつての敵がお気に入りの武器を持って、僕を襲ってきた;無力感、理解不能、怒り。まるで、この瞬間だけ全てがモノクロかのような暗さ。一瞬のうちに込み上げる感情を自制し、自分自身に問いかけた。「僕らの住む世界は永久にこんな状態ってわけか?」- 恐怖。

僕は、行方が分からないベルギーの兄弟、姉妹、友人や愛する人たちのことを、すごく心配してる。僕の心は、悲しみに打ちひしがれる人たちと一緒に哀れみ深く膝まづいている。そして残酷にも、彼ら自身の名のもと、多くの人の命を奪ったモンスターたちが同じ痛みを味わえば良いと、怒りに満ちている人たちをオープンに招待したい。

だから言葉を書こうと思ったんだ。でも、何を書けば良いんだ?何を共有すればいい?テロ、それが人生をぶち壊したように、テロ(恐怖)は、こういう同情心のある言葉を余分な空っぽの貝殻へと腐敗させてしまった。その中から響くのは、混乱の荒野の中で囁く自分の声。僕は言葉以外に何を与えられる?毎回、毎回、同じ質問をしているんだ:「自分に何ができる?」”もしも、何かすべきことがあるのなら”ってね。

今日の悲劇は、共感の言葉を使い古された追悼の言葉に変えてしまった。それは完璧に着飾り、他のどんな酷い機会にもきちんと沿うんだ。嘆きの沈黙を、疑わしい自己保存のための隠れ家へと変えてしまった。より良い明日への希望を否定する自分を隠すためのね。魂のない言葉は、ただの心ない音だ。僕はずっと昔に学んだんだよ。本当の心は、その独特な本質をごまかせないってね。たとえ僕の言葉に、僕自身が動揺し、どれだけ自分の無力さを感じ、果敢に戦うのにどれだけ疲れ果ててしまっていても、やっぱり放棄することはできないんだ。黙って何事もなかったかのように平然と過ごしたり、違う方向を見つめることはできないんだよ。

人を定義する測り

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このブログは3月21日にリリースされた“闇と光の本質”のフォローアップとして、皆のコメントを読んだ後に感じた気持ちをもとに書いたものなんだ…あのブログへの反応として、自分をさらけ出してくれた人々みんなの勇気にお礼を言うよ…それこそ、僕がこの2つめのブログを直接フランス語で書こうと思った理由なんだ。後で翻訳をしてもらうのではなく、僕が直接フランス語で自分の気持ちを表現することは、僕にとってとても大切なことだったんだ。

-アレックス

僕がブログを書いている時、“トゥールーズの殺人者”についての話題がピークを迎えていた…僕がこのブログをリリースする頃には、もう結末を迎えているだろうというのは分かっていたよ…僕らの愛の真髄とその深さを再び確かめるための卑劣な運命、または病的な機会…特に僕らの目の前で、個人の持つ気質が、恐れや嫌悪、暴力や反感として表れた時にはね…でもその裏にある本当のストーリーは何だ…?

闇と光の本質…

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正義と自由を求めて

親愛なる兄弟、姉妹、友人、ファンそして愛する人々へ…

厳しい冬の傷を優雅に覆う太陽の暖かさと同じくらい、君が素晴らしい日々を過ごしているといいな。今後起こりうる奇跡の色を伝えながら春が開花するために、冬はゆっくりと消えかかっている。生まれ来るそれぞれの色が、僕の目の前で実る約束への信念と同じくらい輝いているのを目撃するのは、とても美しいよ。朝の明るい光へと目を開けることが簡単だったことは一度もない。特に人生の本質が、僕の日々の恐れと疑いの曖昧さに囲まれている時はね…でも光は自由なんだ。僕は自分の人生でそういう光を受け入れることが難しいと感じたかもしれないけど、でもそれは真実だ…たとえその本質が僕の人生の影にとって激しいものだとしても、僕の最も暗い思い出と痛みを紐解くことで、心の奥底の深い傷を癒せるとまだ信じているんだ。光は光を創る…人生が人生を創るのと同じように…そう、たとえ僕が光によって癒される満たされた人生のエッセンスに対して、今も時に戦っているとしても…僕が身を任せる覚悟が出来た時、僕の最も暗い囁きが絶望以外の何ものも与えなかったと気付いたんだ…でもそれだけでなく、光がいつも自分の幻想や見せかけから僕を自由にしてくれたことも改めて気付いたんだよ…自由は常に光から開花するんだ…そして愛はその自由を維持させるんだよ…愛、それは全世界を永遠に続く平和な瞬間へと変えられるだけ強いんだ。でも裏切られ、朽ちた人間にとってそれはとても儚いんだよ…僕らの魂の暗い感情を正当化させるために、変わることは容易いんだ。

毎日が満たされた記念日となるとき

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人生は永遠に続く祝賀になる

この前の休暇で僕が過ごした活き活きとした“瞬間”について、沢山のメッセージを受け取ったよ…僕が自分の人生の“瞬間”を抱きしめることを許してくれる、新たな精神の本質を映し出しているメッセージ…僕が毎日十分に生きようと選択している現在の満ち足りた人生についてのメッセージ…前と変わらない疑いが“愛してる”と甘く囁き、自分自身では着る勇気のない孤立した信念のマントを僕に着させようと圧力をかけているにも関わらずね…平和は魂の儚い状態だ…でも、恵みが十分に抱きしめられる時、愛は力強い化身なんだよ…ここ数ヶ月の全ては、愛を見つけ、深い自由の元で解放するという僕のヴィジョンを確かめることについてだった…近代社会の聖杯、疑似哲学者や、公にキャンペーンされている孤立した宗教…僕らは皆同じじゃないのかい…?ある人々は僕をユニバーサリストか何かだと思ったり、他の人々は“反対に賛成しよう”的な幻想の解決策の中にある愛をまとめあげようとしているから…僕は単純に新たな夜明けに目を向けたよ…朝の星が僕を照らしながら昇るのを深く感じるんだ。一日の最初の呼吸は僕が定義して、作り上げ、生きるかのように…そんなシンプルな事実を抱きしめるのに随分長く時間がかかったけど、でも君は正しいよ、今僕は新しい精神で、僕の人生の“瞬間”を抱きしめているんだ…

興味深いことに、ある人々は、他人が期待する自分になって愛されるより、本当の自分自身になって嫌われる方がいいと言っていた…

海と影

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僕自身を素晴らしい“ホームサーカス”の旅にいると言っているYour Favorite Enemiesという小さな部屋の窓を再び開けるのを僕は随分待ったんだ。
色とりどりの物語が僕の影を覆ってくれる場所、心の悲しみがツートンカラーの空の天井からぶら下がっている鶴として輝く星となる場所、全ての涙が孤児の祈りとなり、僕の疑いを海深くへ沈めるために花開く場所、古い紙の夢が慈悲深い新たな夜明けとして擬人化され、折り紙として繊細に作られる場所、物思いにふけった囁きが沈黙を見えない音色に変える場所…それはハミングしている僕の魂を、立ち上がるための優美な歌へと成長させてくれるんだ。

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