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エディション4 – ローリング・ストーンズのせいで8歳の僕は授業を追い出された

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SFCC限定アレックスのブログ“Out for a Spin”より抜粋。全文はこちらから

僕と父さんの関係は、控えめに言っても独特なものだった。口論なんてしょっちゅうだったし、あらゆる事柄に対して意見が合うことはなかったんだ…音楽以外はね。僕は”ラジオが常に流れてる”タイプの家庭で育った。母さんはエルヴィス、バディ・ホリー、チャック・ベリー、ジェリー・リー・ルイスなどロックンロールが大好きで、父さんはレッド・ツェッペリン、ブラック・サバス、CCR、ニール・ヤング、デビッド・ボウイ、ローリング・ストーンズ、ピンク・フロイドなどブルースの影響を受けている曲が好きだった。僕が、父と息子、男同士の会話ってものを初めて経験したのは8歳のとき。夕食をとりながら両親に、学校の先生が音楽の歴史の中で最も素晴らしいバンドはモンキーズだと言って、授業でアルバムを流してくれたと話したんだ。父さんは食べていたミートパイを喉に詰まらせながら「何だと?!?先生が何て言ったって?!?」と言い、僕を見つめながら「よし、ついて来い…今すぐに!!!」と言った。

というわけで、夕食の最中に(僕は訳がわからないけど、きっと怒られるんだと思った)図体のでかい男は息子を小さいアパートのリビングルームへ連れていき、人生において知るべきことを教えようとしたー『The Rolling Stones and the nature of true rock music』。まるでそれが当然のことのようにね。父さんは僕が音楽的に男になる時期だと考えたのさ。純粋無垢な時代は終わり。”ママの楽しいロックンロール・ソング”はもう止めだ。子どもというカーテンを降ろし、ありのままの世界を見るべき時期だと判断したのさ。それが魚釣りへ行く経験の人もいれば、初めてのビールだったり、どのスポーツのどのチームを応援すべきで、嫌うべきかっていう理由になる体験だったり、文学、哲学、詩、視覚芸術品への入り口…信仰への入り口になる人だっているだろう!でも、僕の父さんは、この世で一番大切だと信じることは、”ザ・ローリング・ストーンズ”にまとめられていると説明する時間をとったんだ。

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エディション3 – 脳外科医になってたかもしれない…けどソニック・ユースに出会ったんだ

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SFCC限定アレックスのブログ“Out for a Spin”より抜粋。全文はこちらから

史上最高の作曲家の一人、グレン・ブランカを偲んで。彼の代わりになる人はこの先、現れないだろう。

人生の悪循環の始まりがどこだったか考えたとき、あの時だってはっきりと指摘できる瞬間がある。そして、それは自分で思ったり、願うよりも、実はずっと早くに始まってるんだ。ちょっと視点を持つだけで、そういう瞬間をはっきりと認識できて、どこで間違ったんだろうっていう問いの答えや説明のヒントを探しに過去を思い出すとき、逆にもうそれ以外見つからなくなったりする。既に素晴らしかった人生のどこで道を誤ったんだろうってね…まぁ、13歳の僕が考えていたように考えるならだけど…というわけで、当時の記憶を回想してみよう。いつの間にか、それが“Out For a Spin”のマントラに、そして僕には、どうやら安めのセラピーの役目になってるみたいだし…!まぁ、とにかく、こういう話なんだ:

僕は14歳間近の13歳だった。既に問題を起こしていた(問題を抱えながら)。僕は友人たちが少年院で過ごしているように学校生活を送っていた。僕にとって学校という場所は、良い日ならば退屈で、それ以外は酷く憂鬱な場所だったんだ。けど、成績はなんとかグレードAを保っていた。だいぶ不思議なんだけどね。だって、覚えている限り、僕には軽い失読症の症状が出ていたし、ハイスクールまでは2年間続けて同じ学校に通うこともなかったから。時には1年に2、3回、学校が変わることもあったんだ。家の経済的理由でね。常に新しい街、新しい学校、新しいいじめ、新しい世界…どうにか馴染もうと頑張っていた子供時代、それはずっと続いたんだ。

なぜだか、僕はいつも”特別”な授業に入れられてた。他の子たちよりも習得が早い(そして、宿題をちゃんとやってくる)生徒たちのために組まれた、アカデミックな上級クラスのプログラムだ。そのおかげで、ハイスクールは全く居心地の悪い場所になった。だって同じクラスの人たちはみんなクールに着飾るっていうコンセプトも、ヨーロピアン・サマー・バケーションを取ることも、家族なのに車を2台持つことの意味すら理解していなかったからね。(両親の車はどれも、僕が学校へ着ていく服と同じくらい周りとは違ったんだ…本当だよ!)僕は一匹狼さ。それが、いわゆる僕の人生だった。小学校の頃は授業の終わりを告げるチャイムが鳴るのと同時にボコボコにされたよ。どんなに転校を繰り返してもね。そしてハイスクールは…まぁ、控えめに言っても複雑だった。

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エディション2 – THE VELVET UNDERGROUND – THE VELVET UNDERGROUND & NICO

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SFCC限定アレックスのブログ“Out for a Spin”より抜粋。全文はこちらから

この絶対的に際立っているレコードを初めて聴いたときのことを、今でも覚えてる。その日は友達の家に泊まることになってたんだ。彼の家族は週末出かけてていなかったから、ハウスパーティーをしようという天才的なアイディアを思いついたんだよ。僕は当時好きだった女の子もパーティーに来るっていうのを聞いたから、すごく楽しみにしてたんだ!

僕らは大人と変わらない、真剣な14歳のパーティー・オーガナイザーだったから、家族の家具や壊したくなるようなものは、友人の両親のプライベートルームに移動させなきゃいけなかった。プールテーブル、大きなTV(当時は大きかったんだよ!)、大きなスピーカー、ちょっとしたバー(大変残念なことに、ボトルは全て鍵のかかったガラスの扉の中に保管されていたんだ)など。実は、バーの鍵を探していたときに、それまでで一番素晴らしい発見に、僕は目を見開いたんだ:ものすごい量のレコードコレクションが詰まった壁一面に立つ本棚!僕は一人でそこに立ち、まさに夢中になっていた。その瞬間から、パーティーについて考えていたこと、バーの鍵、僕の頭のほとんどを占めていた女の子のことまで全て消え去り、新たに発見した宝物のことでいっぱいになったんだ。

その聖杯の前に立って、僕はそっとレコードを手に取った。何枚かピックアップしては見て、いくつかはあとでじっくり見るために横に置いて…たっくさんあったんだよ!アルバムジャケットに感動しっぱなしだった。今まで聴いたことのないアーティストがたくさんいて、僕のお気に入りのアーティストたちもたくさんいた。The Clashの“Sandinista”の3枚組アルバム(何だって?!?ワオ!)、Rolling Stonesの全ディスコグラフィー、David Bowieにパンク音楽のクラシックPublic Image Limitedのオリジナル・メタルボックス(これは盗んでおくべきだった – 考えなかったわけじゃないけど、でも何でそうしなかったのかあとで分かるよ!読み続けて!)…友人は完全に取り憑かれてる僕を見て笑っていたよ。彼のお父さんが熱狂的な音楽ファンで、UKから輸入した特別エディションに大金を払ったり、レコードを買いにニューヨークまで行ったりするんだって話してくれた!天国にいるみたいだったよ…!

エディション1 – THE CURE – STANDING ON A BEACH

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SFCC限定アレックスのブログ“Out for a Spin”より抜粋。全文はこちらから

The Cureの『Standing on a Beach』は、子供の頃に初めて買ったLPだ。(The Clashの『London Calling』と一緒に)これは僕の個人的な音楽とアートへの通過儀礼を表してるから、すごく重要なアルバムなんだよね。毎回聴くたびに、土曜日の朝、友達の兄貴がバンドリハーサルしていた家の地下室を思い出すんだ。バンドの生演奏を見たのは、この時が初めてだった。友達は野球をしに外へ行ったけど、僕はその場に残って、彼らがThe Cure, The Smiths, Joy Division, The Sisters of Mercy, The Jesus and Mary Chain, The Birthday Partyとか、Sex Pistols, The Clash, そして the Ramones…などなど、色々な曲を演奏するのを聴いたのを覚えてる!

リハーサルは多分4~5時間続いたかな。1曲を弾き終える前に、もっと弾いてとお願いする小さなファンの存在に、きっと彼らも楽しんだことと思う。すごく特別だよ。だって、あの瞬間、彼らが演奏した曲が、やがてアーティストとしての僕を特徴づけただけでなく、人としての僕の成長をも特徴づけたから。

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