脳外科医になってたかもしれない…けどソニック・ユースに出会ったんだ

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SFCC限定アレックスのブログ“Out for a Spin”より抜粋。全文はこちらから

史上最高の作曲家の一人、グレン・ブランカを偲んで。彼の代わりになる人はこの先、現れないだろう。

人生の悪循環の始まりがどこだったか考えたとき、あの時だってはっきりと指摘できる瞬間がある。そして、それは自分で思ったり、願うよりも、実はずっと早くに始まってるんだ。ちょっと視点を持つだけで、そういう瞬間をはっきりと認識できて、どこで間違ったんだろうっていう問いの答えや説明のヒントを探しに過去を思い出すとき、逆にもうそれ以外見つからなくなったりする。既に素晴らしかった人生のどこで道を誤ったんだろうってね…まぁ、13歳の僕が考えていたように考えるならだけど…というわけで、当時の記憶を回想してみよう。いつの間にか、それが“Out For a Spin”のマントラに、そして僕には、どうやら安めのセラピーの役目になってるみたいだし…!まぁ、とにかく、こういう話なんだ:

僕は14歳間近の13歳だった。既に問題を起こしていた(問題を抱えながら)。僕は友人たちが少年院で過ごしているように学校生活を送っていた。僕にとって学校という場所は、良い日ならば退屈で、それ以外は酷く憂鬱な場所だったんだ。けど、成績はなんとかグレードAを保っていた。だいぶ不思議なんだけどね。だって、覚えている限り、僕には軽い失読症の症状が出ていたし、ハイスクールまでは2年間続けて同じ学校に通うこともなかったから。時には1年に2、3回、学校が変わることもあったんだ。家の経済的理由でね。常に新しい街、新しい学校、新しいいじめ、新しい世界…どうにか馴染もうと頑張っていた子供時代、それはずっと続いたんだ。

なぜだか、僕はいつも”特別”な授業に入れられてた。他の子たちよりも習得が早い(そして、宿題をちゃんとやってくる)生徒たちのために組まれた、アカデミックな上級クラスのプログラムだ。そのおかげで、ハイスクールは全く居心地の悪い場所になった。だって同じクラスの人たちはみんなクールに着飾るっていうコンセプトも、ヨーロピアン・サマー・バケーションを取ることも、家族なのに車を2台持つことの意味すら理解していなかったからね。(両親の車はどれも、僕が学校へ着ていく服と同じくらい周りとは違ったんだ…本当だよ!)僕は一匹狼さ。それが、いわゆる僕の人生だった。小学校の頃は授業の終わりを告げるチャイムが鳴るのと同時にボコボコにされたよ。どんなに転校を繰り返してもね。そしてハイスクールは…まぁ、控えめに言っても複雑だった。

きっと君は、学校生活と“Out For a Spin”が、どう繋がるんだ?って思ってるだろうね。良い質問だ。このおかしなブログを僕の失読症のせいにして良いよ。それと、音楽だけが何かを感じられる唯一の方法で、現実世界から逃避させてくれたこともね!笑 音楽は僕の家庭において、いつだって大事なものだった。ElvisからBlack Sabbath, Credence Clearwater RevivalやSade、The Rolling Stones、Neil Young、そしてHendrix, The Kinks, Hank Williams, Bowie、さらに一発屋の古いタイプのロックンロールまで。小さなリビングルームにあるラジオや、オンボロのファミリーカーの壊れたスピーカーから、いつも音楽が流れていたんだ。でも、それは自分の環境の一部だったから、どれほど自分にとって大事なのかは、それが必要不可欠になるまで気がつかなかった。

僕は既にパンクロック、ポストパンク、ニューウェーブ、初期のストレート・エッジ・ハードコアに傾倒していた…Trasher Magの熱狂的な読者だったよ。だから、見かけからしてクラスメートとは全く馴染めないばかりか、僕の興味も他の人とは全くかけ離れたところにあった。学校が上級クラスの生徒と、2学年上の一般学生を混ぜて授業を行う試みをするまではね。あれは化学の授業だった。その試みは素晴らしい成功となった、って言えるよ。まぁ、この授業の”一般”の要素と素晴らしく繋がった特定の生徒を除いてね。その生徒は、2歳年上というだけでなく、前年にこの化学の授業に落第して、また同じ授業を受けることになった人と仲良くなったんだ。

化学の授業初日。僕は後ろの席に座った。彼は遅れて来て、それだけでなくヤバイくらいにハイだった。彼は僕の隣に座り、頭を机の上に乗せ、授業中はずっと寝ていた。そのサイクルはしばらく続いて、「よぉ」、「やぁ」っていう挨拶以外にちゃんとした会話をすることもなかったんだ。けどある日、彼が僕を見て「お前Minor Threatが好きなのか…いいね。俺も好きだぜ」と言ったんだ。他の人とは違う僕のTシャツにコメントした初めての人間だった。(誰もがどこどこのデザイナーの服がクールだって言って着てた。実際全くクールじゃなかったけどね。特にそんなの買う金がない人間にとっては…!)だから、その瞬間から僕らは化学のクラスでの同志になったんだ。彼は僕にテープを貸してくれた。(今の流行りを考えると、僕はかなり先取りしてたよね!笑)…たくさんのアーティストを知ったよ。Suicide, Swans, Skinny Puppy, Milton Babbittの変な音楽セオリー, Harry Partch, Glenn Brancaなどなど…ノイズだ…ウェーブですらない…何だ、これは?!僕がThe Cure, The Clash, The Ramones, The Velvet…について話すのを、きっと彼は可愛いと思っただろうね。彼はアンダーグランドに深く傾倒していて、お兄さんと一緒にニューヨークまでライブを見に行くくらいだった。何だって?!?この男が僕の祈りの答えだったんだ。まぁ、天使も薬でラリったりするならね…

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