人を定義する測り

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このブログは3月21日にリリースされた“闇と光の本質”のフォローアップとして、皆のコメントを読んだ後に感じた気持ちをもとに書いたものなんだ…あのブログへの反応として、自分をさらけ出してくれた人々みんなの勇気にお礼を言うよ…それこそ、僕がこの2つめのブログを直接フランス語で書こうと思った理由なんだ。後で翻訳をしてもらうのではなく、僕が直接フランス語で自分の気持ちを表現することは、僕にとってとても大切なことだったんだ。

-アレックス

僕がブログを書いている時、“トゥールーズの殺人者”についての話題がピークを迎えていた…僕がこのブログをリリースする頃には、もう結末を迎えているだろうというのは分かっていたよ…僕らの愛の真髄とその深さを再び確かめるための卑劣な運命、または病的な機会…特に僕らの目の前で、個人の持つ気質が、恐れや嫌悪、暴力や反感として表れた時にはね…でもその裏にある本当のストーリーは何だ…?

この23歳の若者は誰だ?彼は“嫌悪”へと生を受けたのだろうか?彼は、ある朝起きた途端、人を殺すような、そんな多くの人々と同じなんだろうか?彼の持つ血への欲望だけが、彼が他人に課すことのできる破壊になぞらえることのできる唯一のものだと思っている人間なんだろうか?彼は誰だ?良い帆も悪い帆も同じ水の上にあるような双極性の世界の中で、排斥されたこの若者は…?彼は世界に火をつけるという責任に対する集合的無自覚を伝えてはいないだろうか?この世界では、象牙の塔のてっぺんからぺちゃくちゃと無意味なフロイトの話しをしている社会専門家もどきによって悲劇が分析されるんだ…憎しみを言い訳にはしない、またそれらが生み出した暴力を受け入れることも。でも憎しみと暴力の数えきれない程の出来事以上に、僕ら自身の気持ちや感情に訴えかける何かはあるだろうか?何がこの23歳の若者を“全ての人々”の人生のモンスターへと変えたのだろう?説明がシンプルになればいいなと思うよ、そうすれば僕の心と魂が休めるだろうからね…でも“簡単な説明”なんてものはないんだ…

ここで許しについて話せるだろうか?このような憎しみと暴力を許せるだろうか?率直に答えることができたらと思うんだけど…でもできないんだ…僕はこのような恐怖の、犠牲者について考える…もう二度と以前の自分に戻ることのない生存者について…一生印として残る集団性について…国の理想の死に嘆き続ける国民について…僕らはよそ者について…宗教について話しているんだ…たとえこれほどシンプルでも…貧困のサイクルについて話しているんだよ…でもそうして再び戻るんだ。それは全てを説明しているのか?いいや、何も説明していない…“宗教フリーク”とか“僕らの中のテロリスト”というカテゴリでこの人物のリストを作るという僕らの正当な必要の裏で、それを欲していようがいまいが、僕らは自分自身と向き合わなければならないという事実は常にあるんだ…集団として、それだけではなくその集団の一部となる全ての人々を通してね…“僕らは何なんだ?”というのは、本来の質問を霧で隠しているに過ぎない…“僕らは誰なんだ?”っていうね…

ヒーローはどこにいる?若い女の子たちは自らの宝石を、豪華な人生で腹を満たしている年老いた奴らに、提供している…僕らの大志は何だ?ハンドルの後ろに、素晴らしい車の写真を飾り、自分は一生乗れないだろうと言い聞かせる…僕らの集団的価値はどこにある?経済の奴隷のように身を粉にして働く僕らのおかげで、夢を持たない若者が、一生口にすることがないようなフォアグラやワインで肥え太った上流階級のつまらないスピーチの中のどこに…ほらね…ある人々は、こんなシンプルな物事の状態でさえ怒りに震えるのに充分なんだよ…そしてその怒りが、世界を火と血の海にさせたいという人間によってはけ口を与えられた時…それは憎しみとなる、そうだよ…でも更に、それが理由となるんだ…そしてそれが正しい理由となる時、誰にも判断されることのない人…新聞の見出しにも顔が乗らない人への奉仕のため…誰かの手に銃を持たせるような怒りを生んだ絶望の前に膝間づくには、血まみれの景色も充分じゃないんだ。

僕の意見や言葉が衝撃を与えるかもしれないことは分かってる…だから尚更、このような悲劇的な出来事が感情的な良心や深い思いやりに値するんだ…僕の意図はショックを与えたり、論争を引き起こすことじゃないんだ…反対に…このような行動は許すことができない…でもこのような行動を起こした人間は、僕らが思うような人間じゃないかもしれないんだ…僕はあえて言うよ、この世界の現実に対して僕らが持つ集団的否定は、このような出来事の徴候も持っているとね。世界中至る所で数えきれない程存在する出来事、事件によって、その徴候は今やその雑多なセクションの一部になっているんだ…僕らは許すべきなのか?分からない…答えを知っているふりをする気はないよ、そのような深い意味を肯定する勇気もね…多くの憎しみと直面して、その結果を避けるための僕らの無力さが、今や僕らが生きる必要のある儚さを明らかにしている。でもそういう感情はこのようなコミュニティで生きたいと願う人にとっては耐えられないんだ…そこに本当の悲劇が横たわっている…

愛が何かを変えられただろうか?また僕は、何も言うことができない…専門家気取りの人々が分析する…新聞がこの物語を金山に変える…大統領選挙は彼らの喉の乾きが癒えるまでそれを飲み干すだろう…そして住民は生き続けなきゃならない…ある人々は否定するだろう…他の人々は自らの怒りを育てるだろう…ある人々が恐れの中に生きる時、他の人々は憎しみが僕たちから奪った最も大切なものを、自由にも戻すこともできない、正義を叫ぶという過激な状態を要求する…僕らが持つ最も大切なものは平和じゃない…違う、そうじゃないんだよ…僕らが持つ最も大切なものは信じる心だ…宗教的なタイプのものではなくて、集団としての僕ら自身を信じる心だ…疑いは信じる心をふさぐ…そしてこの信心深さのエッセンスなくして、僕らの愛はただ枯れて行くばかりだ…正義への道をあける…僕ら個人それぞれ違う感情の内在的な状態や、何が正しくて何がそうでないかの僕らの個人的な認識に対して…誰かの正義はたいてい他の人に抑制されたものなんだ…正義は人間の武装した翼を残す…そして人間には本来平等というものは備わっていない、僕らが育てる個人主義と正義が生み出す利己的な絶望の他にはね…正義を越えて、選択の自由を許されるのだとしたら、僕は愛と許しを選ぶ。たとえ彼らが僕の本来備わっている本質にとってよそ者だったとしてもね…

こういう距離を持って愛や許しについて書くことは簡単だと、言ってもいいよ…そう考え、言うことは正しい…だってこの文章の著者は、5年間を、人種差別の暴力と世界の破滅のために武装したギャングの中核として費やした人間だからね…今朝僕は鏡に映る自分を“トゥールーズの殺人者”の反映となっていたかもしれないと思いながら見たんだ…この事件の物語に、僕らが知っている以上のことはあるだろうか?多分ね…きっと一生知ることはないだろうけど…でも、僕が今日分かっていることが一つだけある…それは、愛と許しが、僕が知る中でも最も凄まじく、最も不誠実な人間に変化を与えたということだ…まさに今君が読んでいる言葉と同じ言葉を分かち合っている時、パソコンの画面に彼の顔が反射しているよ…そして自分が愛にも許しにも値しないと知りながら、彼が君の前に立ち、たとえ憎しみや暴力が正義を見つけることができたとしても、愛と許しなくしては、今だに捕われたままでいただろうということを保証することができる…

正義によって解き放つことのできない犯罪があるんだ、親愛なるJulien…愛が解き放つんだよ…そして許しは、僕らが受け取る恩恵を、僕らに理解させるんだ…僕は常にこの鏡と向き合わなければならない…そしてそれは正義じゃないんだ…それは僕の購いにもたらされた許しが持つ代償を思い出させるものなんだよ…愛が僕を生き残りに変える間…正義は僕が犠牲者だったことを考えさせる…だから僕は自分が自由だと思える…でも罪深いんだ…でも人生に種を蒔いて、以前の自分の死をさらけ出すことは僕自身の選択だ。だってそれらが愛と許しの真の果実なんだから…“僕らのヒーローはどこにいるんだ?”という質問について…答えは、彼が人生にもたらす愛や許しの測りによって定義される本質の中に見つけられるんだ…“僕らの集合体の価値はどこにあるんだ?”という質問について…答えは、正当化された憎しみや人間の示唆的な正義へと堕ちないように、毎日僕らがする選択と決断の中に存在するんだ…このことは、僕ら全ての人が世界を変える人になる力を持っていると信じさせてくれる…そしてこれこそ、日々息づく希望の色を作る夜明けに対して、僕が見つけた真の信仰の本質による測りなんだ…

大好きだよ

アレックス

コメント (5)

  • 順也

    |

    兄弟 アレックスへ。
    これでいいんだよね~

    Reply

  • kao

    |

    ねえアレックス、人間は他の意識形態を持つ人間を恐れる…そして他の意識形態を許容することが出来ない。時にはそれを地上から根絶する必要があると感じる。民族抹殺、ジプシー絶滅の試み、魔女裁判などの歴史的な事実は他人事の様に暗記されているけど、私たち個人一人一人の中にも,
    その小さな世界にも同じ意識が在る。あなたの話す許し、ジーザスの話す許しとはここまでの事を指すのでしょう?それを克服しなければ、差別は無くならない。そしてそれはアガペー=愛によって消し去る事が出来る。全てはこの答えに通じると私は考えます。

    Reply

  • Nagako

    |

    憎しみや苦しみの連鎖を断ち切る。そのために犠牲を払うことは簡単ではない。
    そんな犠牲が払っても、だれも気がつかないかも知れない。

    野原にひっそりと咲く花のように

    もし、われわれに平和があるとしたら、だれに知られることもなく、たくさんの犠牲が払われているのだろうね。

    狂気にも、立ち向かう勇敢と、ひっそりと咲く存在と。

    そんな強さをどうやって求められるんだろうと思う。

    Reply

  • miki

    |

    アレックスへ

    とても悲しいことが 起こりましたね。

    人を傷つけることは 一瞬で できる。
    でもね、その傷を癒すには、何年も・・・もしかしたら、一生かかるかもしれない。
    一生かかっても、治らないことも あるの。

    人に、自分に優しくなるって、実はとても簡単。
    「元気?」って尋ねるの。

    Genki? How are you? は 魔法の言葉。
    あなたも魔法使いになれるんだよ。

    やってみて♪

    Reply

  • Lilsie

    |

    トゥールーズの事件は、フランスに結婚してあっちに住んでいる友達の家のすぐ側で起こった。もちろん彼女の息子が通っている学校もすぐ側。
    彼女のつぶやきやブログから、もの凄い緊張感を覚えたよ。

    韓国と日本の関係は、この間の問題の他にも、お互いの文化の違いや教育の違いの他、まだまだ国と国との衝突がある。

    でも、私たちはそれを乗り越える為に、お互いを良く知り、その人がどうゆう背景でそんな事をしたのか、また、そうゆうふうにされてしまったのかを考えなくちゃいけないと思ってる。

    宗教や昔からの教えのせいには、したくないからね・・・。

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