闇と光の本質…

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正義と自由を求めて

親愛なる兄弟、姉妹、友人、ファンそして愛する人々へ…

厳しい冬の傷を優雅に覆う太陽の暖かさと同じくらい、君が素晴らしい日々を過ごしているといいな。今後起こりうる奇跡の色を伝えながら春が開花するために、冬はゆっくりと消えかかっている。生まれ来るそれぞれの色が、僕の目の前で実る約束への信念と同じくらい輝いているのを目撃するのは、とても美しいよ。朝の明るい光へと目を開けることが簡単だったことは一度もない。特に人生の本質が、僕の日々の恐れと疑いの曖昧さに囲まれている時はね…でも光は自由なんだ。僕は自分の人生でそういう光を受け入れることが難しいと感じたかもしれないけど、でもそれは真実だ…たとえその本質が僕の人生の影にとって激しいものだとしても、僕の最も暗い思い出と痛みを紐解くことで、心の奥底の深い傷を癒せるとまだ信じているんだ。光は光を創る…人生が人生を創るのと同じように…そう、たとえ僕が光によって癒される満たされた人生のエッセンスに対して、今も時に戦っているとしても…僕が身を任せる覚悟が出来た時、僕の最も暗い囁きが絶望以外の何ものも与えなかったと気付いたんだ…でもそれだけでなく、光がいつも自分の幻想や見せかけから僕を自由にしてくれたことも改めて気付いたんだよ…自由は常に光から開花するんだ…そして愛はその自由を維持させるんだよ…愛、それは全世界を永遠に続く平和な瞬間へと変えられるだけ強いんだ。でも裏切られ、朽ちた人間にとってそれはとても儚いんだよ…僕らの魂の暗い感情を正当化させるために、変わることは容易いんだ。

実は、随分長い間、愛や思いやり、許しの本質について瞑想していたんだ…真実の愛に立ち上がるための代償について…曲を作るアーティスト、ある種のイリュージョニストとして正直さの光の下に生きるため、自分を押し出すというパラドックスについて…人権を推進する領域においてソーシャルメディアの役割を持つ人間としての自分を育てながらね…僕は親愛なる友人がFacebook上でシェアしてくれた、とても不愉快なビデオを見たんだ…ビデオに映っている若い男性が日本の人達を罵っているものだよ…日本に大災害がまた起こることを望んでいた…憎しみ、怒り、非難しか見えないビデオ…youtube上で僕が何万回も見たようなものと同じビデオ…何万回も僕自身について聞いたのと同じようなメッセージ…それぞれ異なる匿名のブログで僕が何万回も読んだ破壊の言葉…僕が自分のメールボックスに何万回も受け取ったのと同じような死の言葉…僕にとって真新しいことではない…インターネットの世界でもこんなのは日常茶飯事だ…でも何となく…僕にとって今回は少し違った…色々な意味でね…それは僕が日本の人達を愛しているから、それはここ5年ほど僕が日本の人々と感情的な繋がりを持っているから、そしてあのメッセージは僕が信じていたもの全てに反するものだったからだ…でも僕が思った以上に、あのビデオは明らかに僕の心と魂に感情的なショックの波をつくり出したよ…微妙なものよりももっと大きな…自分が思っていたよりもより深く僕の心に横たわっていたもの…その正体は“自分にむち打つような罪”の感覚に堕ちて行くのをカバーしている“無力さの怒り”なんだ。

僕がこういう若者の一人だったことは別に秘密ではない…怒りに満ちていた…命ある世界全体が燃えるのを見て…他人が僕の傷の火の代償を支払うことを祈っていた…色んな意味で人生に迷っていた…開いたままの深い傷に澄んだ水の救済を深く求めていたことを、自己破壊の魂は否定していた…何百万もの人々と同じ…ただの若者だった…絶望的な願いの頂きから叫ぶことの自由さへの信仰を失った若者…あああああああああああああ…叫ぶためのチャンスを掴めたら良かったのに…でも絶望や辛さは叫びでは解き放たれない。ただの絶望の叫びとなり得る…何年もレイプされ、いじめられていた…絶望の中死ねたらと何度自分に問いかけたことか…そう思った…そう願った…そう祈ったんだ…でも自傷行為が感情を感じるのに充分でない時、僕は自分の絶望感を、人生の通行人に変えたんだと思う…そして殴って…蹴って…思い出せないくらいの暴力…想像もできないくらいの破壊…測りきれない程の惨めさ…ある人々は無駄な子供だと言ったよ…他の何百万もの子供のように…自分の絶望と感情を取り戻したいという願いの間で自分を見失ったんだ…もう一度普通の子供に戻りたいと思った…そんなことは起こらなかったけどね…僕は幼少時代も青春時代も過ごしたことが無いんだ…そして僕は絶望と惨めさの中成長した…正義の欠片もなく、他人に指を指していた。今思えばあれは、自分自身の惨めさに向けていたものだったと思う…

君はこれを、とても変わった視点として見るかもしれないね…でも僕があの嫌悪に満ちたビデオを見た時、または僕自身が憎しみに満ちたビデオを受け取った時…こういう若者が銃を持って学校に行く姿を想うんだ。他の子供によって彼らが受けた軽蔑、拒絶や暴力と同じリズムで、彼ら自身の絶望と憂鬱に火をつける…そして僕は自分に思い出させるんだ。自分はこの両方の子供だったのだと…獲物とハンター…僕は正義を自分のものにするために暴力を使う人々に賛成するだろうか…もちろんこういう行為を応援したりしないし、暴力を認めることは絶対にない…でも何となく、感情的な苦痛の種から開花する凄まじい嵐を理解することができるんだ…色々な意味で、僕は自分に点火できたのと同じくらい、弾丸に値しただろう…絶望は孤独な場所だ…そして獲物とハンターの間が広がることはない…もう一度言うけど、僕の視点はもしかしたら君にショックを与えたりするかもしれないし、実際本当にショッキングかもしれない…でも僕は嫌悪を見ると…絶望が見えるんだ…暴力を見ると、哀れさが見えるんだよ…僕は真実の愛が、絶望に満ちた人間を、思いやりに溢れた、世界の改革者に変えると信じているんだ…拒絶が絶望を抱えた人間を邪悪な人間へと変えるようにね…僕は、愛のもと何も言わず全ての悪い行いを受け入れるべきだと言っているだろうか…違う…何も言わずに絶望を抱えた人々の邪悪な道を受け入れるべきだろうか…もちろん違う…僕はただ、もし僕らが信念を、変化している真実の愛の中に手放したとしたら、お互いの間には正義だけが残ると言っているんだ…そして正義は決意であり人間によって提供されるものだから、どんな平和も自由も終結ももたらさない。僕たちそれぞれの絶望に向けた正義も、他人から身を守るものではないだろう…結局、僕らは僕ら自身の絶望の罪を負っているんじゃないのか…?だってもし神の恵みが購いの魂に与えられないのだとしたら、他に僕らは何を望めばいいんだ…

その嫌悪に満ちたビデオに対する僕の友人の質問は、“こんな風に話している人間も権利を持つべきなんだろうか”…他の言葉で言うとしたら…愛の名の下、僕らはどこまで許せばいいのだろうか…愛の名の下、どこまで受け入れればいいのか…愛の名の下、僕らはどれだけの傷を負うのだろうか…そう、あのビデオを見た時、僕も友人と同じくらい怒りを覚えたんだ…でも憎しみは死を生む…愛が人生を創るのと同じだけね…もしかしたら憎しみを持つ人々が愛の本質を理解することはないかもしれない…もしかしたら憎しみを持つ人々は、それを抱く“正しい”理由を持っているのかもしれない…もしかしたら愛することにつまづいた時、僕らは嫌われるべきなのかもしれない…僕は答えを持っていない…皆と分かち合うために膝間づいて、その答えをくれと懇願するくらいね…でも僕は何の答えも持っていないんだ…自分自身の人生ですらね…僕が唯一持っているのは僕自身の物語だ…怒りのロードマップを描くのに充分なくらい道に迷った若者の物語…でも愛が僕を自由にした…僕は特別じゃない…だから僕はユニークでもない…他の人にも可能なんだ…でも彼らの真実の愛に基づいて人生を生きることを頼む前に、その真実の愛を僕らが実際に表し、彼らに見たい変化を自らが行うべきだと信じているんだ…僕は誰かのせいにすることも、説教をすることもできない…僕は、愛を拒絶していた人間を愛すると決めた誰かの決意による愛によって、憎しみから自由になった、ただの人間なんだ…神の恩恵によって購われ、でも今だに他人が僕に課した傷や僕が他人に課した傷の両方の印に苦しんでいるんだよ…“愛を思い出させるもの”…僕はこれらの傷をそう見ているよ…痛みは消えたけど、思い出は鮮明なんだ…

僕は、真実の愛は忍耐だと学んだよ…今日、僕らはもしかしたら、希望に満ちた新たな夜明けに信念を失った人々の手によって苦しむかもしれない…でも明日は、以前僕らを苦しめたのと全く同じ手によって恵みを与えられるかもしれない…そして、そうだよ、たとえ僕が自分の拳をあげて、自分の嫌う全ての顔を殴りたいと思うことが時にあったとしても…僕は光(愛)が暗闇(憎しみ)から皆を解き放つことができるということを忘れない…暗闇は暗闇しか創れない…そして人生の大半を暗闇の中で過ごしている人にとっても、光そのものの変化への力は変わらないんだ…そして僕らが正直な人間と定義するその測りは、光の中で生きるため、自分自身の闇を手放すという日々の決断がどれだけ本当にできるかということだと信じているんだ…それは簡単じゃない…少なくとも僕にとって毎日光の中で生きることは簡単じゃない…でも僕は毎日学んでいる…そして僕は自分自身にとても難しい問いかけをしているんだ…“全ての人が権利を持つべきだろうか?”…というか、多分本当の問いかけは、“正義は僕らの心に基づいているものだろうか。人々がこう扱われて欲しいと僕らが望む正義と同じ測りによって、どれだけの人が非難されることから救われるだろうか。” きっと僕らの誰も安全じゃない…でも1つだけ確かなのは…そのような正義において、僕こそが最初に石を投げられる人間だってことさ…そして結局は、僕らは皆同じだってことだ…罪…そして僕は愛だけが僕らを本当に自由にさせると信じている…だから君が僕に対して忍耐強くいてくれることを願うよ…何故なら僕は明らかに聖人ではないからね、信じて…そして自分自身の闇を否定することは、光のパワフルな自由への本質を否定することなんだ!

人生のこの驚くべき旅で、君の側を歩くために、君たち皆が僕に与えてくれる名誉に感謝するよ…本当に恵まれてると思う!!!

大好きだよ!!!

ps:あのビデオを載せて、それに対する意見や感情を勇気を持って分かち合ってくれた友人に特別な感謝を捧げるよ…君は僕のインスピレーションだ…そして君の正直さが、愛についての深い視点へと僕の考えや心を開いてくれた…本当にどうもありがとう!!!

コメント (4)

  • Hirasakana Oyogu

    |

    こんにちは。アレックス。
    いつもメッセージありがとう。
    闇は何処にあるのか。
    心の傷は誰が知っているのか。
    全てを知っている自分という存在を、
    思うぞんぶん味わって、
    傷と闇が力を失い、幻に変わって、
    代わって新しく見えてきた、何にでも変化することが出来るということを知っている「今」という広がる世界で、
    新しい一歩を踏み出してほしい。

    みんなに伝えると共に、
    僕自身も、いつもすぐに忘れちゃうから。

    だからアレックス、
    同じような姿勢で音楽をやっているあなたのおかげで
    僕も救われます。

    そう。僕はそんなメッセージで音楽をやっています。

    日本中まわって、いつも乞食のようになって、心が闇に包まれそうになるけど、そんなのいつでも世界中に漂ってる愛という存在に救われちゃってます。

    誰がその愛を知っているんだろう。
    光は何処にあるんだろうね!

    いつか会える日を楽しみにしてます。

    5月は韓国に行って、僕らが知り合うきっかけになった
    オーストラリアの2人と会ってくるよ。

    Reply

  • Ai

    |

    ごめん。どうしてもあなたの文章を最後まで読めなかった。
    テレビも消して、画面だけを見て、字を追ったけど、興味が湧かなかった。
    最初の部分しか読んでないし、たぶん何度挑戦しても最後まで読むのはとても難しいと思う。
    私は読書が大好きで、字を読むことが大好きで、あなたという人が大好きなのに、あなたの音楽とあなたの文章には興味が持てないなんて。
    私とあなたはにはきっととても大きな違いがあるんだね。
    私がいろいろな困難を乗り越えていく過程で、通らなかった道をあなたは選んだのだと思う。
    そして私はその道を避けるために、あなたと距離を保っているのだと思う。

    私はあなたにある友人が私にとてもひどいことをしたと言ったよね。
    覚えてくれているかな?
    たぶんあなたは彼女側の人間だったことがあるんじゃないかな?
    彼女は犯罪というものを恐れていなかった。
    麻薬もやり、暴力もふるい、残酷に人を傷つけた。

    それは私がもっとも嫌う部分です。
    あなたは私にフレンドリクエストを送り、ときどきメッセージをくれるよね。
    でも私はあなたが気にかけてくれるほど、あなたに気をつけていないよね。
    あなたはそれを感じていると思います。
    あなたのほうが社会的に有名で、社会的に成功しているはずなのに、あなたのほうが私に惹かれる。
    私はただの専業主婦なのに。

    あなたが私に人としての魅力を感じているのかな?と時々思います。

    私は沖縄で生まれ育ったよね。
    でも最初の2年間は東京で暮らしていたのだよ。
    ただ記憶にないだけ。

    なぜ東京だったかというと、私の父が東京の人だったから。

    2年後母が私を連れて実家へ戻ってきた。
    そして私は祖母と母と母の妹と暮らしました。
    母と私は18しか離れていません。
    母の妹とは15しか離れていません。
    彼女とは本当に姉妹のようでした。
    私は彼女を私と同じ子どもだと思っていました。

    私の祖母は戦争を経験していました。
    祖母はときどき私にその話をしてくれました。
    「平和が一番だよ」「争いは本当にいらないよ」

    私の心にその言葉は深く染み渡りました。

    私は平和や愛や暖かさに惹かれるので、その方向へ向かいます。
    私は日本人の醜さを祖母から聞かされました。
    「戦争中本当に怖かったのは日本兵だったよ。アメリカ兵は優しかった。」
    だから私はアメリカ兵と結婚したんだろうね。

    だけどね。私の父は日本人です。

    何とも皮肉でしょう?

    だからね 私は日本人も憎めない。

    私はかなり許容範囲が広いんだと思う。

    だから夫に「それはレイプだよ」って言われたときに、「なるほどね。だから私はあんなに嫌な思いをしたんだね。」って思ったよ。

    後から気づいたんだよ。それがレイプだって。
    信じられる?

    しかも私はそれを別々の男性から1度づつされている。
    一人は酔った勢いで、もう一人は酔ってさえいなかった。
    2度目のデートぐらいで、その人の家に行ったのよ。
    最初は彼の友達の女性がいたから、私は安心してた。
    だけど彼女はいなくなっちゃって、私は本当に恐怖を感じたよ。
    彼女の背中は今でもはっきりと覚えているよ。

    だけどね私はその人を好きになり始めていたから、嫌だったけど彼を受け入れたわけ。
    でその直後になんと元彼から電話があってよりを戻したいって言われたの。
    不思議でしょ?
    私は常に何かに守られている気がするんだよ。

    そしてね、よりを戻したからその人とはお別れした。

    彼は黒人のアメリカ兵だったよ。

    その話を夫に初めてしたとき、夫はものすごく怒りを感じていてね、私にはわけが分からなかったよ。

    そして私の夫は白人でしょ?
    彼の黒人に対する偏見はさらに深まってしまった。私のせいで。

    だけど私は黒人でも嫌いじゃないでしょ?
    私の夫にも黒人の友達がいるのよ。
    でも彼は黒人の音楽は好きではないのね。
    私はNe-Yoとか好きでしょう?
    彼と私とでは歌詞を違う風に解釈するの。
    彼にとって黒人の音楽は「苦労はしないで楽しもう。浮気をしてもごめんで赦して」っていう風に聞こえるらしい。

    もう一人私の意思に反して、性交渉をした人は、宮古島の出身でね。
    沖縄本島の人は宮古の人を嫌う人が多いの。
    なぜかというとね、昔犯罪者をその島へ流していたから。
    彼らはその子孫でしょ?

    はい。私は一気に宮古島の人ってやっぱり変わっているかもって思った。
    でも嫌いじゃないよ。まだ嫌いになるほど宮古島の人と関わっていないからね。

    でも宮古島の人を信用して裏切られたって話はたくさん聞くよ。

    夫にね「白人はネイティブアメリカンを嫌う傾向にあるね」って言ったら「うん」って言う。
    私は「本来なら最初にアメリカという土地に住んでいた彼らに敬意を払うべきじゃないか?」って聞いたらね「そうだね、僕は嫌いじゃないけど、確かに嫌っている人も多いね」って言ってた。
    そして感謝祭はインディアンが移民してきた白人にもてなした料理を食べて、そのことに感謝するための感謝祭なんだよって教えてくれた。

    私はね感謝祭はキリスト系のお祝いと思っていたからびっくりしたよ。

    本当の意味がどうであれ、夫は感謝祭が大好きで、結婚して初めての感謝祭にはターキー買って家に私の家族を呼んでお祝いしました。
    でもね それは失敗に終わりました。
    沖縄人の私たちの口にアメリカ料理は合わなかったので。

    沖縄を好きな人は多いよ。
    たくさんの文化を受け入れてきた琉球を、人は感じ取るのだろうね。

    この前ね、高速道路でレンタカーと夫が運転していた私たちの車がぶつかりそうになったのね。

    そして彼らが高速を降りるとき、ちょうど私たちと並んだの。
    夫はすかさず中指を立てたら、なんとあっちも中指立ててきたの!
    私たちは大笑いしたよ。いい度胸してるな!白人に中指立てるなんてって!
    白人はプライドのためなら死んでもかまわないと思っている人種でしょ。
    けんかになったら命かけるでしょ?
    私の夫は大柄で、どっからどう見ても日本人観光客に勝ち目はないのにね。
    しかも軍人でしょ?
    たぶん深く考えもしないで彼らは中指を立てたんだと思うけど、これ私たちじゃなかったら、やばかったかもしれないよ?

    長くなったね、ごめん。

    またね

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  • Lisha

    |

    こんばんは、アレックスさん^^素敵なメッセージありがとうございます。個人的なことですが、夢の中でメールが3通届きました。きっと大切なんだよって私に伝えていたのでしょう。。。ブログを拝読できてとても幸いです^^

    愛は1文字、LOVEは4文字、でもその本質はさまざまで深いですね。。。与えられる愛をまぎれもない愛と感じられること、温かさを確かな温もりだと心で感じられることはとても貴重でPricelessに感じます。それにはどれくらいの年月がかかるでしょう。。私はthe law of the jungleを小さい頃から肌で強く感じていたので、その大切な感覚に巡り合ったときは本当に出会った人たちの幸せを願っていました。もちろん、今もです。

    いばらの道、血を滲ませながらひたすら進む その先に美しい花が咲き誇る I like ”lotus flower” 私は咲き誇るにまだまだ年月は要するかと思いますが、アレックスさんのお花、とても美しいですね^^

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  • Noriyuki Saito

    |

    ブログを読んでいたら頭痛がしたので印刷しました。
    鬱病と脳挫傷を負った後遺症があるので、パソコンの光る画面を長時間見ていられません。
    新聞を取っておらず、読書する習慣も無くなったため理解力(読解力)に乏しいです。
    10年以上社会生活から離れているため1度読んだだけでは分かりませんでした。
    印刷してあるので、何度も何度も繰り返し読んで理解しようと思います。
    ただ一つ言えることは、何度も念を押して驚かないで欲しいと書いていた部分については全然驚きませんでした。
    そして、一回読んだ印象は「昔のアレックスは鏡に映したように私に似ている」と感じました。
    しかし、大きな違いは今のアレックスは前進しているけど、私は立ち止まったまま動いていないことです。
    これ以上は辛くて書けないのでまたの機会に・・・

    ではまた、アレックス!

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