自由がいつか辿り着く場所であるとき

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ウェブロックマガジンBEEASTでのコラム連載より

“タンジェは過去と現在が比例しながら同時に存在する場所なのだろう。とても生き生きした今日は、同じくらい生き生きした昨日によって、現実的な深みを与えられる。タンジェでは、過去は太陽の光と同じくらい、肌で感じることのできる現実なのだ” – ポール・ボウルズ(1958)The Worlds Of Tangier

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人生には、すごく重要で、本物で、深く心に影響したからこそ、その本質や真髄を掴むのが難しい瞬間がある。それは僕らが現実と呼ぶ具体的な行動基準や、言葉にする必要のある要素からかけ離れているからだ。言葉にするのは、その瞬間を理解するためだけでなく、その信ぴょう性を信じるためであり、そうすれば感情という不確かなものをロジカルな視点で再確認でき、重要な瞬間の上に新しい意味合いを築き上げることができる。まるで、完全には理解できない不思議を定義することで、それを真実にできるかのように。その存在を認められるだけ具体的なものにして、だからこそ、その変化が自分たちに影響するかのように。僕のタンジェでの経験は、そんな風に説明できるかな。強烈な自己の反響だ。

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そういうことだから、友人が何でまた、特に思い入れがあるわけでもない場所に、割と長い期間、一人で行こうと思ったのか聞いてきたとき、その答えが質問自体に隠れていること、災難や厄介な考えが持つ二重の意味の間にあったことは驚きでもないと思う。この旅は、インスピレーションに溢れるミューズを探すためだっただろうか?ビートジェネレーションの詩人や、画家、作家や哲学者たち、そしてタンジェに滞在したことある人達を魅了したようなインスピレーションを?それとも、ウィリアム・バロウズが描写したような”いつか、もう二度と帰らないと思うくらい遠くへ行く”という望みが、再び全てを失うよう、僕に地平線の限界を越えさせたんだろうか?または、僕を理由や規則に刃向かうよう導いたロマンチック・アートへの情熱だっただろうか?それとも、それまでに何度も経験したような、何かに呼ばれているという純粋なかたちでの直感だっただろうか?ロジックにそぐわない、この強い感情は自由への招待だっただろうか?タンジェへ向かうことに自分が強く魅かれていると感じただろうか?他のすべてのことが突然、色のない枯れたもののように見えるくらい、解放への強い感覚を持っていただろうか?それは自己中心的とか、僕らが”直感”と呼ぶ子供じみた望みや、自分が渇望していると受け入れる勇気のないものを正当化するために言う”神の声”とは違ったんだ。もっと深い目的意識だよ。それを信じるのもクレイジーだったけど、でも、僕にとって、その感覚を否定することの方がドラマチックだったんだ。それがバカげた可能性でもね。

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だから、そう、本能に従って2ヶ月間の旅に出た。全くの盲信だよ。コントロール不可能な悪夢の中で自分を見失わないように、 頼れるイカリを見つけようとしていた…盲信なんてそんなもんさ。未知の暗闇の中で、意思は独自の駆け引きをする。自分で認めようと、認めなかろうと、僕の安全装置もいくつもあって、とても簡単に作動したんだ。クリエーターが謎めいたクリエイティブな場所へ行く…。そして僕はこっそり思った。もしも、個人的な事柄と親密に向き合うことができなかったら、もしくは、僕の脆い心を悩ます事柄を避けたいと望んでいたら、言葉の選択はエンドレスに続くだろう。僕はタンジェのインスピレーションに溢れた精神から生まれる、その場の楽しみに集中しなきゃいけない。言い逃れ、それがもしも必要なら、見渡す場所全てに、それを見つけたと思う。グランカフェ・ド・パリの座席から、リブラリ・デ・コロンの本、タンジェリンクラブのドリンクに、またはシンプルにカスバを歩いているときや、素晴らしいビーチに…ありのままになって。


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最初、この旅は、精神的なリフレッシュも兼ねての、アーティスティックなインスピレーションを追求する旅になると思ってた。不安や心配ごとを常に抱えた生活から離れて、呼吸することができるだろうって。『Between Illness and Migration』のクリエーションは感情的に難しい航海だったし、そのあとに取り組んだ“Tokyo Sessions”も、痛々しいまでに正直でリアルなものとなった。僕は、この次のチャプターをどうするか、その方向性を決める準備ができていたんだ。きっと作詞をするだろうと思った。そうしたよ。たくさんね。Your Favorite Enemiesの新しいアルバムを作る前に、自分自身に再び身を浸した個人的なアルバムを作るかもしれないと思った。そして、本をたくさん読むだろうと思った。けど、それは望んだほど、できなかったな。スーツケース1個分、本をたくさん詰め込んだんだけどね。僕は嘆くだろうと思った。それは穏やかだろうと思った。たとえ自分の心が穏やかでなくとも。突然、理解できなくなった自分の決断に混乱しながらモントリオールを出発した人間にしちゃ、たくさんの安全装置とたくさんの希望だよね。まさにケルアックが書いたように”自分自身の混乱以外、与えられるものなんかない”って感じさ。

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実際、自分を解放するには時間がかかったんだ。モントリオールから持ってきた物を力強く握りしめていたけども、全く違う要素が僕を驚かせ、そして自由にさせてくれた。それを完璧に説明することはできないけど、たとえ頑張ってみたとしても、きっとあまり意味が通らないと思う。だからこそ、モントリオールに帰ってきてから2ヶ月経った今になってようやく、タンジェでの旅がどれだけ自分にとって濃いものだったか理解できたんだ。旅を始めたとき、僕は全く準備できていなかったんだよね。それくらい純粋な感情を味わい、鮮やかな考えや回想を探り、深い内省を経験し、以前は認識でしかなかったものを実際に見て、感覚だったものを理解したんだ。招待されたら受け取り、与えられたら歓迎し、贈られたら交流をする…そして、シンプルであり、おかしく、また変であり、奇妙に聞こえるかもしれないけど、僕はありのままの自分を受け入れたんだ。そこに無理に馴染もうとはしなかった。心の解放なしに、満たされた人生なんて不可能だって思ってきたのと同じくらい、許すってのは、贖いを待つよりも、愛されるのを受け入れることじゃないかって思った。慈悲と恩恵…多くの人が生涯かけて、それを理解しようとする。一方で、人がなぜ後悔や自責の念を抱き、言い訳をしたり、絶望や自暴自棄にもがくのかという理由を説明しながら、自らの慈悲と恩恵を失くしている人たちもいる。自分の心に本当に生きているもの、またはゆっくりと死んでいくものと距離を保ちがちなとき、本当の自分を見れないとき、自分が望む自分や、抑制された幻想を満たしたいがために、ありのままの自分を見られたくないとき、他人に正直になるのは難しい。

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気づいたことがある。自由っていうのは、タンジェの街中にあるレストランへ友だちを連れていくためにタクシーを使う趣味の中にあったりするんだってね。バカバカしいほどにシンプルだよ。でも、最もシンプルなことでさえ、僕はいとも簡単に複雑にするからさ。僕のモロッコへの旅を描写するとしたら、そんな感じ…まるで、深い慰めを待ちながらも、思いやりに溢れた親密な優しさを忘れていたかのような。まるで、魂の救済と再生における高貴な性質を理解しようとしながら、人の寛大な心にある清い優しさをはね返していたかのような。そして、全くの驚きだったんだけど、僕のタンジェでの旅をこんなにも大切で決定的なものにしたのは、他でもないそういう人の心の美しさだった。素晴らしい人たちと出会ったよ。世界中の色々な場所から来た、様々な分野の人たち。すごく豊かな出会いだったから、人生がもたらす不思議に感謝した。僕は“Dar Nour”という場所に家を見つけたんだ。光の家。けれど、その人々に自由を見つけた。慰めを待っていたら、大きな喜びのブーケを受け取った。救済を待っていたら、僕は許しを歓迎した。嘆きたいと思っていたけど、ありのままの自分でいることを許した。過去の悲しみを理解しようとしたけど、現在の喜びを解放した。そして、その明るい光のすべての欠片に、呼ぶべき名前が、優しく撫でる顔が、握るべき手が、受け入れる心と分かち合う魂が存在するんだ…

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タンジェでの滞在中、自分がどれだけ恵まれていたかに気づいたよ。まるで、何年も精神が荒れていたのち、ようやく自由を味わえたかのように…自由、優美な意識の状態、時が恐れ以外の味方を持たない場所。夢の鮮やかな色を見る前に、消さなければいけない恐れ。自由、重力のない啓示的な降伏、悲しみが不安以外の相棒を持たない場所。みんなが去ったあとも留まる苦しみと向き合わなければいけないかもしれないという不安。自分自身から自由になり、触れられるのに不適任であるという思いから自由になり、長きに渡る解放への葛藤、消えたいという欲望、心の矛盾、問題を抱えた信心と絶望から自由になり、僕と一体化した影から、隠れている世界から自由になれたんだ。それが一瞬だったとしても、まるで命、愛、希望と信仰の目に見えない側面を見分けることができ、さらに触れられたんじゃないかと感じたよ…僕が思う現実のペースよりもいつも早く過ぎていく時間が止まったかのよう。ウォルト・ホイットマンの美しいイメージを心に抱きながら過ごした2ヶ月だった:”いつも顔を太陽のほうに向けていなさい。そうすれば、影はあなたの後ろにできるはずだから”

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正直、どのくらいの影が、どのくらいの期間(もしも終わりがくるなら)僕の後ろに、この先とどまっているかは分からない。モントリオールに帰ってきて、僕はいつもの動揺に駆られてる。そのチャレンジ、勝利、敗北、葛藤、達成。もっとゆっくり進んで欲しいと願いながら時間を追いかけ、過去をお祝いしながら未来を想像し、リズムを探しながらもルーティーンを壊そうとしてる。僕は耳鼻科の専門家に会いに行ったんだ。きっと良くなっているはずだと信じてたんだけど、受け取ったニュースは想像よりも悪いものだった。呼吸がしにくいながらも、僕は目を閉じて、心で呼吸し、精神と魂で呼吸した。それでもなお、良い気持ちだった…秋の季節が美しい色を見せてくれる中、自分の未来がどんな風になるか、全く分からずにいる。けど、どんどん短くなっていくように感じる僕の人生と、何となく和解し、穏やかでいられてるんだ。だって、これまでにないくらいに輝いているから。

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タンジェの旅について、本当に書くかどうか決めるまで時間がかかったよ。何度も書き始めては消し、また書き直して、この個人的な旅のことは自分の胸だけにしまっておこうか、それともその素晴らしさを君たちとシェアしようか、なかなか考えがつかずにいたんだ。家に帰ってから、僕があまり表だった行動をしなかったのには、そのためもある…あんまりニュースを更新してないし、最近のYour Favorite Enemiesの素晴らしいプロジェクトについても、あまりコメントしていない。君は僕のことをもう長く知ってる。みんなで一緒に多くのことを経験し、学んできた。新しい誕生の喜びに溢れたお祝いから、堪えられないくらいの痛みをね…僕らは、とても近い。僕らは家族であり友人である。僕らは一つで、みんな違うけど、人生、愛、希望、信仰に対して同じである。愛において、赦しは必要ない。ただもう一度、夢をみればいいんだ。

“すべての人間は、夢を見る生きものでもある。夢見ることは、人類をつなぐのだ”  – ジャック・ケルアック

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