[Canadian Musician] 自分らしさの失われたアート… そして、それに違和感すら持たないこと!
掲載:Canadian Musician
原文はこちらから
『Standing Under Bright Lights』のリリースから、僕は創作の旅路について話す機会がたくさんあった。オルタナティブロックバンドYour Favorite Enemiesのフロントマンとしての12年から、ソロアーティストとしての3年間まで。音楽ビジネスにおいてアーティスト兼実業家というスタイルが普及する10年以上も前に、自分がどう、そうなっていったのかについて振り返るのはすごく興味深かったよ。たとえ、アーティストになるということは、自分の思い描く世界が何であれ、それを自分で世話しなきゃいけないっていう意味だったとしてもね。だから、カナディアン・ミュージシャンで自分の経験について書いてみないか、とオファーを受けたときに断るなんてできなかった。
ここ10年から15年で、どれだけ状況が変わったかを見るのはすごいことだよ。けど、一つだけ変わらないことがあるとすれば、それは人として、アーティストとしての基礎にある本質。業界のやり方にフィットしたいという誘惑が来たときに、自分たちにどれだけ忠実でいられるか、ということ。矛盾は発展しないし、偽りは戦略を立てることじゃない。すべてはコアへと戻るんだ。価値とヴィジョンにね。
様々な形で、それを早い段階で知れたのはラッキーだったと思う…あれは、MySpace黄金期。Arctic Monkeys、Lily Allen、Bring Me the HorizonやPanic! At The Discoなどの成功に続くソーシャルメディア・アーティストたちの卵に注目し始めた業界人たちから、僕らは突然、大きな期待を寄せられるようになったんだ…当時は大きな変化の時で、誰もが次のインターネット現象を探していた。僕らは最近のようにデータに執着する盲目の疫病からはほど遠かった。2006年のことだ!僕は大学でソーシャルワークを学んでいて、エンタメ業界のメカニズムなんて全く知らなかったんだ!僕はただ自分の価値に基づいて音楽を演奏し、社会問題について声を上げていた。Your Favorite Enemiesは、成功して有名になるぞっていう野心など全くないまま、家の小さい地下室で練習するようなバンドだったんだ。
少し早送りして数ヶ月後、僕らは突然マネージメント会社と契約することになった。しかもトロントの!モントリオールで育った僕らみたいなキッズにとって、これはビッグなことだった!みんなフランス語圏の人間としてのコンプレックスを持っていて、トロントにある会社との契約が世間に認められるために必要な道だと思っていた。担当の人もキャリアのある人で、カナダのオルタナシーンを形作った人だった。けど長くは続かなかった。むしろ悪夢になったんだ。僕らは自分たちを教育し始めた。MoistのギタリストMark Makowayが“The Indie Band Bible”という本をリリースしたから、バンド仲間のJeffと僕は、まるでそれが神聖なものかのように研究したんだ。僕らはお互いのメモを比較し、無意識のうちにある出来事を引き起こそうとしていた。可哀想な僕らのマネジャー、Mark Makowayの名前を出すたびに、彼は気が狂いそうだっただろう。きっと、そのせいで今でもMarkを嫌っていることだろうよ。”君達は僕が言う通りにやれば良い”。でも、そう思わなかったんだ。Mark Makowayはマネジメントを独裁関係ではなく、チームワークだと言った。僕らのは6ヶ月しか続かなかった。そして、僕はこの契約を破棄するために、当時買ったばかりだった家を二番抵当としてローンを借りなきゃいけなくなったーこの話はまた別の時に!誰とパートナーを組んで、何に対してサインするのか、気をつけた方がいいよ。でも、自分たちが何者であり、どう活動していきたいのか、について考える良い機会だったけどね。Markはきっと誇りに思ってくれただろう!
道を分かつ前に、メジャーレーベルとのミーティングで、僕らは大きな教訓を得ることになるんだ。”ビジネス”の意味を理解したのはこの時だよ。破綻寸前のバンドだった僕らは、車を借りて、きっと大きなチャンスとなると思ったミーティングのために、ガス代をケチりながらトロントまで行った。きっとメジャーレーベルと契約できるって思ったんだ。2006年さ。Makowayの本がどれだけ有益な情報に富んだものだったとしても、僕らはまだ、とても世間知らずだった…みんな笑顔で、称賛の言葉を聞けると思っていたんだ。”君たちは、とてもナイスで共感を呼ぶような活動をしてるね。けど長続きしない。こっちで発展のプランを立てて、ソングライターを雇うから、Alexisonfireみたいなサウンドでいこう”。正直、冗談だと思った。僕らの良さ、世界レベルで次のビッグアクトになるって何だろう?もう既にあるものの、なぜコピーにならなきゃいけないんだろう?なんで自分たちのままじゃダメなんだ?そして、Makowayの本には書かれてなかった教訓を学んだんだ…”いいかい、Alex…君のアルバムを出さなきゃいけないんじゃない。ただアルバムをリリースする必要があるだけだ。それを掴むか、手放すかだよ”。帰りの車内は静かだった。でも、頭の中で色々なことを考えていた。それが、そもそものコアへと立ち返らせたんだ:僕らの土台は何だろう?
僕らはその誘いを断ることにした。それは明らかだったけど、それでも、すごくがっかりした。だけど、あのミーティングは、僕らがした会話でも最も有益で、影響力のある会話となったよ。自分たちが何者であるかを特徴づけ、自分たちの意思に従うことを改めて決意したんだ。”通常”の道は僕らには合わないということも理解した。(たとえ他の人にとっては完璧でも)僕らに相談することなく、既に勝手にメジャーレーベルと合意していたマネジャーは、彼の方法に従わないのだとしたら、契約違反として訴えると脅してきた。また初めからやり直す時期だったんだ。誰のせいでもなく、ただ僕らは自分たちを教育する必要があっただけ。バンドとしての活動が真剣なものか、そこに所属することがどんな意味を持つかを決めなきゃいけなかった。
マネジメントと契約破棄してから、およそ1年後にようやく全ての取引が完了した。その間、僕らは楽曲リリースもツアーもできなかったよ。示談金を払うのに1年以上かかってしまったけど…この苦難が僕らを一つにしたんだ。僕らはレコードレーベルを設立し、あまり何も分かっていないのにビジネスを始めるという美しいカオスへと友人たちを招待していったんだ。そして、100ドルほどの低予算でセルフプロデュースした初めてのEPをオンラインストアでワールドワイドに販売するという幸運に恵まれながら、本当の投資は僕ら自身の中にあった。僕らの土台に。騒乱に直面するたびに(そして、それがどれだけか、神様は知ってる)、僕らは自分たちのコア、価値、ヴィジョンへと立ち返ったんだ。
誠実さに対する賞なんてないし、自分に正直でいることに対して世間からの認知もないけれど、それこそ僕ら自身が定義し、再定義する、僕ら自身の旅路への道を開いたんだ。これまで素晴らしいアーティストが登場しては消えていくのを見てきた。ビジネスが破綻したり、遺産が忘れられたりするのを。それでも、僕は今もここにいて、大きな困難にも関わらず、虚勢やプライドなしに、穏やかな心で自分の物語をシェアし、以前と同じ独立精神で創作活動をしている。それが最大の報酬だよ。ありのままの自分でいること。そして、自分の価値やヴィジョンに基づいて、愛する人たちと一緒に活動すること。もうすぐ、Moistが新しいアルバムをリリースして、さらにキーボディストのKevin Youngから僕の教会スタジオについてインタビューを受けたって考えるとクレイジーじゃないかい?もしも、Alexisonfireがフルタイムユニットとして戻ってきて、この輪をコンプリートできたならね…
安全にね。
Alex
CANADIAN MUSICIAN MAG
2021年7月 – 8月