現時点でのアルバム - 今も"これだ”って思えるかな?

半日があっという間に過ぎて行った。早朝のライティングセッションから、血液検査、そしてマネジメントとの力漲るミーティングまで。アルバムのプロダクションにおいて、今僕らがどこにいるかを聴くためにスタジオにいたMikkoと残りのバンドメンバーたちと合流したとき、僕はポジティブなエネルギーに満ちていた。それは象徴的であり、エキサイティングでもあった。もうあと数時間後にMikkoが一旦、イギリスへ戻ることを考えると余計に。

このプロセスはシンプルだけど、とても効率的だった。楽曲を聴いて、コメントして、やるべきこと、変えるべきこと、加えるべきことについてメモをとった。今現在で46分のアルバム全曲を、そうやって聴くのに3時間かかった。まだ、取り組んでいない2、3曲を入れる余裕がある。というのも、60分を超えたくはないんだ。このアルバムはとてもエモーショナルなものだから。そして、アルバムは驚くほど既に一貫した旅になっているから、良い知らせは僕が全部を”ゴミ箱”に捨てることはないってこと。Mikkoの到着で、完全に凍りついていたところから、自分の感覚を取り戻しつつあるから。最初のレコーディングプロセスのスピードによって、パニックに近い状態になっていたとしても、僕が探している深いソウルフルなアイデンティティを越えて、商業目的だけを考えた”クール”な曲の寄せ集めとして見られる可能性すら嫌いだっていうことは、はっきりと伝えていたと思う。別に心配していたわけではないけどね。昨年の10月、タンジェにいる間にMikkoとアルバムのヴィジョンについて、たくさん話をしてあったから。

実際、レコーディングプロダクションの中間にきて、僕らの手の中にあるものが、ようやくはっきりしてきたんだ。そして、正直、僕は嬉しかった。”新しい僕”が話しているのか分からないけど、僕が聴いたのは、ただ”これだ”っていうものだけでなく、リアルタイムで鼓動する僕の心臓だったんだ。それは、自分自身よりも、ずっと素晴らしいものになる可能性を秘めているということであり、元々この曲を生むこととなったよりも、もっと深い感情を溢れ出すことができるかもしれないということ。僕にとって、それは、より意味深い要素をもたらせるんじゃないかという希望と共に、自分の魂の目に見えない道へと深く入っていく価値があるということなんだ。これからの3週間は、僕らだけでそれを決定的にする。もしも、歌詞を書いて、書き直して、編集して、変えて、何度も何度も変えていくなら、残りはUpper Roomで経験されるべき。バンドみんなで、いかなる形式や標準から完全に自由になって探るためにね。

アルバムを聴いたMikkoが誇らしそうに見えたことが、僕は嬉しかった。彼は全身全霊で献身して、それは制作が進むに連れて、みんなでこの航海の感情にある複雑性を体験する中で明らかになっていった。彼を見送るのはなんだか感傷的になるし、数週間は毎日、彼がいないことが変に感じるだろう。たとえ、だからこそ彼が戻ってきたときには、より再会を喜べるし、今からその時を楽しみにしているけどね。
メモ:一つだけ確かなのは、ルービックキューブの写真が、彼といた最初の3週間の僕を完璧に描写しているということ…オーバーなほどに複雑で、本質的な僕自身の姿だよ。まるで、脳内で2つの存在が喋ってるだけじゃ、そこまでおかしくないとでも言うかのようにね。なんてこった。