Alex Henry Foster, 『Kimiyo』, ニューアルバム

文:Ricardo Langlois
2024年5月24日
元記事はLa Metropoleに掲載
こちらはフランス語記事からの抜粋です。
2021年4月8日、Alex H Fosterは、モントリオール国際ジャズフェスティバルでの演奏を収録したアルバム『Standing Under Bright Lights』を、手書きのメッセージと一緒に送ってくれた。『Kimiyo』のリリース前、この作家兼コンポーザーは、心臓二重移植手術を経験する。彼のアルバム『Kimiyo』を迎えられるのは、この上なく光栄だ。

エソテリック・プログレッシブ

どの曲も、いくつかのフレーズを印象的な形でつなぎ合わせたものだ。それは、Alex Fosterの人生の物語。ここに存在しているというシンプルな感覚。風の柔らかい囁き (「Of Dreams and Dust」) は、まさにその感覚。月の満ち欠けもそうだ。時は流れ、私たちを連れ去る。どの書き手もそうであるように、フォスターもまた、自分の心の世界を描写する特別な辞書を発展させた。抽象的な言葉だ。それらは音楽の和音上の意味上の節である。隠された意味(秘教的)がある。すべての曲は解説によって補強され、この作品の精神は過激なアナーキーである。それらは、私がピンク・フロイド(『Ummagumma』)やレディオヘッド(『In Rainbow』)を通して知った、この世のものとは思えない宇宙。

狭い世界の問題ではなく、新しい現実とのつながり。時の良心に完全に寄り添っているのだ。楽曲「Under a Luxuriant Sky」には崇高な隠喩がある。印象派の肖像画に描かれた星座の重ね合わせは、互いに溶け合う色彩。

『Kimiyo』の音楽は、フォスターが2010年、日本を旅行中に出会った人たちの人生の物語からインスピレーションを受けている。メッセージのやり取りを基に、フォスターが音楽的な詩へと発展させたのだ。魂を囲むシンボリズムは、コミュニケーションの形。何よりもまず、主観的な訴えだろう。
自分の影を追いかける子どものように

手を伸ばして、けれど魂は曲がる

神童のそれよりも (1)
『Kimiyo』プロジェクトの背景にある歴史についてのプレスリリースには、自己についての探究がある。既成のアイデンティティに対する自由の寓話。フォスターのプロジェクトは音楽的で、雰囲気があり、スピリチュアルである。それは、虚無を覆うフォスターの息吹である。ケベック人は私たちに敬意を表している。完璧な音に値する重要なアルバムだ。
“人は贈り物を無償で与えられた
それは永遠に最愛の終焉であり続ける

陶磁器のランプが薄暗い空気を灯す
憂鬱な夜の光とその獲物によって

メロディーが弱まり 歌うのを躊躇う
見当たらない衝動が
つまづく情熱へと逆戻り

引力の自然な流れに従って自由に踊るとき
平凡な秋が古い詩へと葬儀の悲願を陰らせる
夏至から光を借りて
切望する驚きが容赦無く無慈悲になれることを忘れる

無頓着 その土に夢に満ちた流産を埋めるとき
辛い体験はすぐに忘れられると知っている
手入れされていない地面
行進する別の記憶によって

私たちは迷う木の葉 高く舞い上がり
遠くへ行く人生の重なりと共に

嘆きや不幸によって引きずり下ろされ
お香を焚いて 教会の光を灯す”

(「Nocturnal Candescence」より抜粋)
(1) Guy Goffetteによる詩, 英語から日本語に訳しました。
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