The Hunter (By the Seaside Window)」は、30分続いたジャムから生まれ、後に15分のノイジーで息切れがする、ダークで、スピリチュアルで、感情を呼び起こすような、救済的な音の旅としてリリースされた。

この歌詞は、全てから逃げるようにタンジェで2年間を過ごした後、山々が連なるバージニアに見つけた新しい家で書き綴った文章の一部なんだ。シンボリックな要素がたくさん出てくるけれど、鬱と不安症に苛まれてきた僕の葛藤に最も正直になれた曲だよ。

ハンターは獲物であり、獲物はハンターであり、両方とも自らの絶望と幻覚の影に追われ、現実から逃げ、幻を捕らえようとしている。否定と自認のあいだで闘っているのが分かる。白昼夢の反響を追いかけた命の跡を想像することができる。似通った映像が心の絶望を並べ、オフセットに映し出している様子、そして、嘘にまみれた自らの創造を手放したくない気持ちを感じることができる。慈悲深い無垢を捨てたハンターによって傷つけられた獲物の苦しみが、少しずつ小さな欠片として伝わってくる。心の中で激しくなる闘い、簡単に見捨てられるものを強く求め、時に奪われたものによって血が流れる。思い出は春のように蘇ることができず、落胆は救済の浜辺をさらに遠ざける。

山に囲まれた場所に住むことで、生命のサイクルに新しい視点を得ることができたんだ。命に感謝し、命を尊ぶことについて。僕は本物のハンターが、狙った獲物の命に敬意を示す意味を学び、彼らが築き上げた関係を学ばなければいけなかった。そうして、自然環境を維持しながら、仲間に餌を与え、互いに守っている動物たちの魂を想像することができた。命を奪うことに気高さなどない。けれど、許しは贈り物。まるで愛が心をさらうようになんだ。逃れられない運命論のようなトーンになっていただろう曲に、この言葉は新しい側面を与えてくれている。

穏やかな空の眺めに目を閉じたという歌詞が、自分の運命を悟った瞬間と、心の平穏を表している。負けを受け入れた瞬間に、それは何の意味も持たなくなり(問題ではなくなり)もしもまだ時間があったなら、どんな人生を歩んでいたか、愛する人たちがどんな顔をしていたか、子供たちは自分を何と呼んでいただろうかと、考えることができる家の温かい愛情を感じることができる。まさに、大切な人々を見つけるとき、自分自身の目的を見つけるという素晴らしい概念だ。けれど、自分は地面に横たわっていて、傷を負い、力が出ず、いつも祈っていたその場所からは程遠い。信じる心さえあればたどり着くことができた場所。本当はたった一歩の距離だったのに。いつだって近くにあったのに

ハンターは光であり、獲物は闇であり、新たな朝の掌へと落ちていく。何も変わらないように感じるけれど、同時に全てが違う気もする。地面から立ち上がる。銃が発砲された音を聞く。しつこく付きまとっていた亡霊が、毎日の苦痛の始まりを告げるために外で待っている。息がしにくい。自分との闘いは、夜明けほどの明るさだ。息を吸い、息を吐くそうやって、また再び全てが始まる。

曲が心の葛藤をシンボリックに反映するたびに、ハンターは何度も戻ってくる。その葛藤は、心の中で育て続けた様々な実体との関係によって酷くなった病に餌をやり続けている。痛みと諦めへの不釣り合いな依存だけでなく、絶望と慈悲、そして救済と恩恵へも。そして、このサイクルが終わるのは、自分が手放すことを決断したときだけ。それが、その人の信念にとって、何を意味しようとも。

海岸が見える窓は、ハンターにも獲物にも与えられる。外から中を眺め、また中から外を眺めながら。それは、再び夢見るための勇気を見つけたいという望みを映し出すのと同じくらい、長い旅路の終わりを意味しているんだ。海は贖いをもたらす浄化のイメージ。清い水で死をもたらした傷を洗い流し、血に染まった手を洗い流す。それは僕らの目と想像を超えた優雅な神聖化の流れの中で行われるんだ。まるで、生と死という逃れられない競走の最後に、頭の中をうごめいていた混乱から自由になるチャンスを与えられたかのように

– Alex

リリース日
2020313

作詞&作曲
Alex Henry Foster

プロデュース
Alex Henry Foster
Ben Lemelin

参加ミュージシャン
Ben Lemelin
Jeff Beaulieu
Sef Lemelin
Miss Isabel
Charles Moose Allicie

レコーディングスタジオ
Upper Room Studio
Quebec, Canada

レーベル
Hopeful Tragedy Records