死 - と同時の - 生

僕はとってもワクワクしながら目覚めた。レナードが朝一発目の動きをするよりも前に僕は”オン”で、レナードを起こすのが嬉しかったくらいだ。レナードは明らかに半分混乱し、半分イラッとした表情をしていたよ。朝6時の深い眠りを邪魔するなよって言ってるみたいに。「ごめんよ、レオ…」なんて思ってなかったけどね 😉 「さぁ、時間だ。外へ行こう!もう太陽が綺麗だよ!」レナードは部屋の外へ出た。僕がついてくると思ったようだけど、シャワーへ向かったよ。笑いながらね。きっと明日の朝は、もっと早く起きて、僕に仕返ししてくるだろうなって思いながら…でもさ、いつものカルマを断ち切って、可愛くて素晴らしいリトルボーイにリベンジする機会を逃すなんてできない。時には残酷にならないと…まぁ、このシチュエーションをハムレットと比べるなんてのは大それているけど、レナードと僕にとってのシェイクスピア的瞬間だったと言っておこう。

僕がTikTokのメッセージを見たとき、このスタジオ日記を書いていた。そうさ、何回か頼まれたあと、というか”たくさん”言われたあと、ついにTikTokにトライすることにしたんだ。ダンスしたり、Tide Podsを飲み込むとかしなくて済むなら、別に危険なことではないだろうと思ったのさ。というわけで…メッセージを開いて、数日前に連絡してきた、とても古い知り合いからの返信を見た。自分のことを覚えているか聞いてきたんだ。僕がずっと昔に叔父の家のガレージでバンドのリハーサルをしていたときに、彼もそこに住んでいたんだ、と。そんな人いたっけと思いながら、彼の写真を見て、すぐに人の良さそうな笑顔を思い出した。15〜20年ぶりくらいだ。僕の最初のリアクションとしては、叔父が今どうしているか知っているか聞くことだった。かれこれ18ヶ月くらい叔父の行方を探していたんだ。正直、返事がくるとは思ってなかったから、写真に写るその人がとても幸せそうにしているだけで、嬉しかった。

それも彼の返信を読むまで:「あぁ、君の叔父さんは4年前に亡くなったんだよ。知らなかったなんて、ごめんな」多分、25回くらいそのメッセージを読み返しただろう。僕は固まって…動けなくなったんだ。彼は父の一番下の弟で、自由な精神を持ち、社会とは適合しない独自の道を歩む人だった。僕にとっては、とても大切な人だったんだ。叔父さんを尊敬しながら育ったよ。彼は確信を強く持ち、誰のリズムでもなく、自分のリズムで歩んでいた。全てを自分でやってのけてしまう人で、素晴らしいビジネスマンだった…けど、必要としてる人たちへの大きな心も持っていたんだ。自分の青春のほとんど、彼を見て育ち、彼の足跡に続いて未来への決断をした。しばらく一緒に住んでいたこともあったんだよ。彼は第二の父親で、お兄ちゃんで、親友だったんだ。だから、亡くなっていたなんて思いもよらなかった。僕の憧れに満ちた目に、彼のような人はいつだって永遠だ。だから、完全にショックを受けた。”なんで?”と”いつ?”っていう質問ばかりだったけど、それを聞く勇気はなかったんだ。僕はただ呆然として、泣き始めた…

叔父さんが一人で亡くなったこと、そして数日後に彼の従業員が発見したこと、そして、彼の亡骸が横たわっている間、取り巻きが全てを盗んで去ったことを知った。そして、亡骸を火葬したのがケベック州であって、遺灰などがどこに埋められたか誰も知らないって…人をゴミ処理場に捨てたりするのかな?亡くなった事実を受け止めるだけでも辛いのに、このことを知ってさらに痛みと悲しみを感じたよ…誰も一人で死ぬべきではない。特に、たった一人でもその人のことを大切に思う人がいるなら。そんな亡くなり方、誰にもして欲しくない。たくさんの質問で頭がいっぱいになったんだ。なんで誰も僕に連絡しなかったのか?見つけにくいわけじゃないだろうに。罪悪感は酷い感情であり、僕はそこに捕われていた。僕は、6ヶ月間、毎週クリニックや獣医さんのところにマッカイを連れて行った。できるなら、それと同じ愛、優しさと思いやりの測りで叔父さんを世話していただろう。まだ60歳にもなっていなかった。フォスターの家系では、63歳だった僕の父が一番長生きだったと考えると計り知れないよ。みんな45〜60歳の間に亡くなってるんだ…癌でね。そう、癌だよ。

僕は手術前に叔父さんを探していたんだ。手術が失敗する可能性もあったから、一言、お礼を言いたいと思ってね。叔父さんには自分でも気づかないほど大きな借りがあったんだ。僕の文学や音楽への情熱や、スピリチュアリティへの深い興味が父からのものだとしたら、実業家精神や独立心は確実に叔父さんからきている。だから、予想していなかった知らせを受けて、感情的に爆発するのに時間はかからないと感じた。あと、どれだけのパンチを受けることができるんだろうか。だから、いつもそうするように、僕はそれを飲み込んで、Ben&Momokaと一緒にやったもうすぐリリースされるプロジェクトと、今現在続いているアルバムのプロダクションに集中したんだ。それは長く続かなかったけどね。涙が溢れてきてさ。目の前にいたJeffが僕を見て「どうしたの?大丈夫?」と言った。何をどう言って良いか、分からなかった。Jeffは、しばらくハグをしてくれたよ。僕はただ亡くなった家族を悼むために休む時間が必要なだけなんだ。全てと全員を世話するリーダーじゃなくて。それは簡単なタスクじゃない。息を整えるために地面に膝をつくことも滅多にできない。特に今は止まっている時間なんてないから。だから、なんとかスローダウンする方法を見つけないといけないんだけど、それもまた難しい。たとえ、自分に優しくしなさいって歌うコーラスがどこかから聞こえてきてもね。

“時間”が、どれだけ簡単に、自分から意味深い瞬間を奪い取ってしまうかを考えると残酷だよ。人生を思い切り味わうことは、とても大切で、時間の野蛮なエッセンスに立ち向かい、そのサディスティックな無神経に挑むことは大事だ。そして、もし今僕が向き合わないといけない感情の荒廃に少しでも明るい要素があるのだとしたら、それはアルバムの核心を作りながら、まさにそれを深く体験しているということ。耐え切れないほど痛むのなら、今、僕が体験していることほど、本物で正直でないはずがない。