• When Freedom Is A Place In Time

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    自由がいつか辿り着く場所であるとき

    ウェブロックマガジンBEEASTでのコラム連載より

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マンチェスターでの爆破事件を受けて

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昨晩、マンチェスターで起きたことは本当に酷いことだ。マンチェスターはバンドにとって、とても意味深い場所であり、たくさんの素晴らしい友人やファミリーたちがいる。愛する人たちから引き離されてしまった家族たち、そして、僕らのように、このような恐ろしい忌むべき憎悪と暴力の前に無力さを感じている人たちに、心からの憐れみと純粋な祈りを捧げたい。

こういう酷い惨事が起きた翌朝は、それが馴染み深い場所であろうとなかろうと、憎悪という執拗な性質の前で、平和と共感というものがどれだけ脆いものかを思い出させる…許しの代償や愛が、良い意思を持つ人々のために報われにくくなっていっている気がする…僕にとって、直面するのが最も恐ろしいこと、それは今まさに僕が忌み嫌っているモンスターと同じようになること…少なくとも、それはいつだって僕の個人的な決断なんだ…

人生を味わおう。それはいつだって、失った人たちを称える方法であり、憎しみと恐怖に対抗する方法だ。

– アレックス

PS:ジェフと僕のことを心配してメッセージを送ってくれたみんな、どうもありがとう。反応が遅くなってごめんね。君たちと同じように、僕らもショックを受けている。でも、一つだけ確かなのは、君の行動が僕らにとって、とてもインスピレーションに溢れるものだということ。本当の愛の力を思い出させてくれて、どうもありがとう。

国際反ホモフォビアの日

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誰かの権利を否定することは、人を権利から堕落させること。僕らは理解できないかもしれない、僕らは心地良くないかもしれない、僕らは賛成すらしないかもしれない、けれど、一つ分かっていること、それは自分の信念や、他人の違いのために平等を否定するとき、僕らはシンプルにありのままの自分でいたために直面しなければいけなかった、または直面している、そして今後直面するかもしれない憎悪に加担するということ。自分自身をありのまま認めるということは、それが何であろうとなかろうと、他の人がありのままでいることを受け入れるということだ。そう望もうと、望むまいと、僕らはみんな変で、おかしくて、間違っている。そして、それこそ、この世界を進化していくための魅力的な場所にするんだ。僕らの恐れと非難が生み出した均質化された、どんな独裁国家よりもね。少なくとも、それが真実であろうとなかろうと、僕が支持しているのはそこだ…全ての人に人権を…例外なく!!!

– Alex

Most Live To Say Goodbye, Some Die To Feel Alive

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ニューヨークは、僕にとって魅惑的な存在だ。アイコニックな響きによるものではなくて、街全体が一つの世界のようにして回っているような、ほとんど架空のコンセプトのような…まるで、旋回する動きには時間さえ権威を無くしているような。過去、現在、未来、その全ての中心にいるような感覚。幸福に満ちた喜びと、無感動の不幸。忘れようとしたもの全てと、ずっと望んできたもの。依存と自由。コミュニティと自立。シンボリックな解放のイメージと、無慈悲で豪華な要塞。ポルノグラフィックな極貧と神聖な欲望。

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鏡が世界のヴィジョンを映し出すように、創造しては、破壊する。永遠の愛を信じる者にとってのロマンチックな幻想。新たな始まりを求める者にとっての避難所。輝くための明るい光を望んでいる者にとってのシアター。よそ者にとっての隠れ家。自身の沈黙から逃れてきた者にとってのうるさい人混み。過去のノスタルジアを写し続ける写真、思い描く未来。無名の作家、神秘的な炎、膝間づきたいという謎の欲望、縮んでいく自己の上昇…それらにとっては、忙しい通りだ。クリエーションの美しさ、そして、それと共にあるカオティックな自然災害。自らの権利の中で神となることがどんな味か、そして、真の人間らしさとは何かを意味してる。

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僕は嵐の中で育った。それ以来、信じるには歳を取りすぎ、本当に気にかけるには若すぎる。多くが別れを言うために生きるとき、生きていると感じるために死ぬ者もいる。家のすぐ近くだと感じられるのと同じくらい、現実はたどり着くのに最も遠い場所のようにも思える。まるで、夢と実現のあいだの距離が、乗り越えるべき最も大きなものであるかのように。2016年3月1日、霧雨の夜、ブロードウェイを歩き、愛する人たちの笑いや驚きに囲まれながらワインを飲んだ…あの瞬間はニューヨークの街じゃなかった。そこに存在した眩しい光や輝くスカイラインよりも、断固として素晴らしいものだった。あの瞬間は家族だった…それほど素晴らしくシンプルだった。それほど勇気付けられた。家族…それが何であろうと、ありのままでいさせてくれるユニークな力。夢とその実現のあいだ。

ニューヨーク…”多くが別れを言うために生きるとき – 生きていると感じるために死ぬ者もいる”

– Alex

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気にかけるかぎり

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気にかけるかぎり

今回のようなメッセージを書くのは、ひどく心が痛む…自分の故郷で狂気が乱暴に人々の命を奪ったからでなく、絶望的なまでに皮肉ったり、感情を断つことなく周りを見ることが、僕にはどんどん難しくなっているからだ…

まるで世界が、というか成長を遂げているはずの現実が、どんどん、ぼやけていっているかのよう。まるで毎回、自分の人生の外を見るよう強制されるたびに、どうしようもできないまま、目の前で明るい色が消えていくのを見なければいけないかのよう。安息の地だと思っていた場所に、逃れられない恐怖がどんどん近づいてくることによって、その一瞬、突然、目が見えるようになったかのようだ。

”恐怖”が憎むべき暗闇を連れて、交流のテーブルを訪れ続ける中で、希望、愛や平和について考えることは、ひどく心が痛む。まるで忌むべき悪が僕の全てに、僕が信じてきた全てに、僕が行動に移してきた思いやりを定義するもの全てに、挑戦しているかのようだ。自分自身の心の奥底を見てみろって言われてる気がする。でも、僕の心にある全ては、憎しみの存在を否定し、非難し、生き続けるために違う方向を見ている。まるで…まるで、何だ…?時に僕は、混乱しすぎて自分に嘘すらつけない…”きっと大丈夫だ”と囁き続ける。でも、どうやって大丈夫だなんて分かる?僕は悩み続ける。混乱しても良いんだろうか?分からない。

シャルリー・エブドの残虐行為から、許すことのできない憎しみに満ちた悲劇の数々や、それに関する写真や動画など、僕が最も嫌悪するのは、様々なメディアから聞えてくる無関心極まりないナンセンスだ。”エキスパート”、”スペシャリスト”、”オブザーバー”や”コメンテーター”は、ニュースが発信されてから、たった数秒後に、頭を使わずとも分かるいつものバカげた言葉を流す。 今朝、僕が聞いたカス情報は、政治的、社会的に考えても知的さの欠片もないものだった。とても不愉快だったよ。自分の本、協議会やサービスについて宣伝していた…思いやりも、共感も、同情も、恩恵もない。自分の宣伝だけで、一言触れることすらしなかった。すごく気分が悪くなったね。こういう繊細さの欠如にうんざりしすぎて、何事もなかったかのように今日1日を過ごすなんてできなかった。想像を絶したよ。そして、ドナルド・トランプが大統領に選ばれたから、神様はどれだけの狂気を僕らが耳にしてきたか知ってるはずだ。女性を性の対象として描き、難民を禁じ、暗殺のジョークに、ホワイトハウスに爆弾を仕掛けることについて公に話したりね。政治的、社会的な修辞学は、感覚がまったく堕落しすぎて、もはや馬鹿げた哀れみすら感じない。おぞましいよ。

実際、大晦日にイスタンブールで起きた恐ろしい事件のあと、僕は自分に約束したんだ。もう、こういう悲劇について書くのは止めようって。自分の感情を表現するのに言葉じゃ足りないとき、そうする強さがまだある人へと譲った方が良いと思って。でも、世界中にいる、文化も宗教も、社会的、経済的、政治的視点も違う多くの友人たちからメッセージを受け取って、僕が恐れるべきは、自分の弱さでも、混乱でも、疑いでもなく、沈黙だと気付いた…苦しみ、悲しみ、憎しみを育てる全てのものに対する血清は、招待し続け、ありのままを歓迎し、チャンスを掴み続けることだ…

これを書きながら、僕はまだ混乱している。今も無力さを感じ、全てを嫌悪してる。けど、最近モロッコからの友人が僕に書いてくれた言葉が、今日は心の中で響いているんだ。“がっかりしても良いんだよ。混乱しても、恐れても良い。僕らはみんなそうだ。愛、平和、世界…僕らが気にかけるかぎり、見込みのない試みなどないよ。僕らが気にかけるかぎり、いつだって希望はあるのさ。君が信じる道を歩き続けて。そして、心が折れそうになったときや諦めかけたとき、僕のように、君のことを気にかける人たちがいることを思い出して”

そして“きっと大丈夫だ”と囁き続け、”でも、どうやって大丈夫だと分かる?”と悩み続けながら、結局、僕は気にかける何百万人のうちの一人だから、大丈夫だって分かるんだと思った。メッセージを送ってくれて、そして僕を歓迎してくれて、どうもありがとう。僕の家族、愛する人たち、そして僕自身は無事だよ。世界はどんどんモノクロの荒涼へと化しているように見えるけど、失われたと思っていた色は、君の寛容な手の中に安全に抱かれていると知っている。僕の親愛なる兄弟、姉妹、愛する人たち…輝き続けよう!!!

オリジナルの英語バージョンより翻訳:Momoka

自由がいつか辿り着く場所であるとき

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As published in the Japanese magazine BEEAST

“タンジェは過去と現在が比例しながら同時に存在する場所なのだろう。とても生き生きした今日は、同じくらい生き生きした昨日によって、現実的な深みを与えられる。タンジェでは、過去は太陽の光と同じくらい、肌で感じることのできる現実なのだ” – ポール・ボウルズ(1958)The Worlds Of Tangier

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人生には、すごく重要で、本物で、深く心に影響したからこそ、その本質や真髄を掴むのが難しい瞬間がある。それは僕らが現実と呼ぶ具体的な行動基準や、言葉にする必要のある要素からかけ離れているからだ。言葉にするのは、その瞬間を理解するためだけでなく、その信ぴょう性を信じるためであり、そうすれば感情という不確かなものをロジカルな視点で再確認でき、重要な瞬間の上に新しい意味合いを築き上げることができる。まるで、完全には理解できない不思議を定義することで、それを真実にできるかのように。その存在を認められるだけ具体的なものにして、だからこそ、その変化が自分たちに影響するかのように。僕のタンジェでの経験は、そんな風に説明できるかな。強烈な自己の反響だ。

自己追放

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ウェブロックマガジンBEEASTでのコラム連載より

“幸せになりたいのなら、なりなさい” – トルストイ

013

僕は今モロッコにいる。こちらに来て、まだ2日目。これから8週間を素晴らしくインスピレーションに溢れた街、タンジェで過ごすんだ。もう既に家のように感じている美しいゲストハウスDar Nourの屋上にあるテラスで、赤ワインを嗜んでいるよ。タンジェのカスバ(旧市街)の中心、北アフリカの暖かい太陽がゆっくり夜へと消えていく前、最後に見せる明るい鮮やかな光を眺めてる。風は優しく僕の顔を撫でる。海からのフレッシュなそよ風だ。海は空の青さを反射している。世界の鏡さ。その絶え間ないダンスは、僕がいる場所からほんの数歩。その完璧な景色からは、魅力的なスペインが見えるんだ。海の音を通して、何度も何度も僕を招いている…否定するには美しすぎるし、拒絶するには繊細すぎる、自制するには魅力的すぎるよ。

再び

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ニース連続テロへの言葉

“再び”…憎しみが、いつまでも消えない怪物のように恐怖を撒き散らしている。このような残虐行為が愛も色もない痛々しい思い出となるとき、新しい1日を思い描くのは難しい。

“再び”…世界がスローガンによって二分されているとき、映像として映し出されたテロは、マスメディアの視聴率合戦を生み、“事件”という言葉は文化的敵意のアジェンダを優先する政策の反映となる。

“再び”…人は攻撃され、打ちのめされ、奪い去られ、バラバラになり、急進的になり、孤独になり、恐れている…でも何よりも、人間味がなくなってしまった。

“再び”…多すぎるほど。いつだって、耐えようのない、受け入れられない、この宿命的な表現が僕らを悩ませる…”自分に何ができる?何か成されるべきことがあるんだろうか?”

でも”再び”、それは僕らに思い起こさせる。深い悲しみにも関わらず、僕らは今でも立ち続けているということを。動揺し、脆くなりながらも。この陰気な憎しみの侵略の前に、結束している。

“再び”…憎しみという暗い恥と向き合いながら、光の中にとどまるという勇気を僕らが持ち続けられますように。人生と愛への信仰を通して僕らは、無関心、 敵意、悪意に打ち勝てると信じられますように。

“再び”…自分の暗闇に対抗し、影の一種とならないようにするのが難しいのと同じくらい、人間を深く信じる心の地平線を越えて、いつか、”その他”の恐れによって生まれた不安から自由になって、”再び”、集まって祝福ができる日がくると信じられますように。きっと、その日は素晴らしい日になる。人々が例外なく、みんなで一緒に、築き上げることができる日になる。

だから今日は、僕の想い、僕の祈りを捧げると決めたよ…僕の兄弟、姉妹、友人、愛する人々、僕の言葉では苦しみが癒えることはないと分かっているし、きっと慰めにもならないかもしれないけど、僕の最も誠実で無償の愛を君に贈るよ…それぞれ違いがある中で、人を結ぶものは愛であり、それが互いの関係を築かせてくれるんだ…”再び”。

– Alex

讃え、昇っていく自由な動き

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ウェブロックマガジンBEEASTでのコラム連載より

“どんな創造主も、内在するヴィジョンと究極の表現のあいだに隔たりがある”
– アイザック・バシェヴィス・シンガー

013

夜の闇が消え、紫から、青、そしてオレンジへと、太陽の明るく美しい光が徐々に空を覆っていく中、僕はモントリオールを発った。この聡明なキャンバスは、地平線を心地良いヴェルヴェットの空に変える鮮やかな色合いを生み出し、新しい奇跡や、晴れやかに人生を謳歌している人々の姿を描き出している。あまりにも生き生きしているから、その姿を見ながら夢中になれる自分がとても恵まれているように感じた。時間を止められるだけの信仰があったらと願ったよ。どんどん過ぎていく時間を。物思いに耽っている僕の目に、その光景が一瞬だったとしても、止まってくれたらと願っていたんだ。

再生への招待

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ウェブロックマガジンBEEASTでのコラム連載より

アメリカで活躍したレバノン出身のアーティストで詩人のハリール・ジブラーンは、”私たちは、喜びや悲しみを経験する前に、それを選んでいるのである”と言った。そうだろうか?そうかもしれない…自分はどうだろう?もしかしたら、そうかも。

013

僕は春をずっと待ってるんだ。今年はいつにも増してね。去年11月の日本公演のあとカナダに戻ってきてから、あまり太陽を見ていないからかな。全てがあっという間に過ぎていく。早すぎて、実感できないんだ。ほんの少し、ただ通りすがりの人間としてでも良いから、自分が経験している素晴らしい季節の色を盗み見れたら良かったんだけど。もしかしたら、目には見えない”永遠”というものについて物思いに耽っていたから、時間への視点を失くしちゃったのかも。過去の亡霊や、否応なく僕の中で大きくなる悲しみについて考えてるんだ。影を追いかけるように、欠けた思い出の欠片を追いかけるたびに、かつての亡霊と一つになる。幻想が必ず自分を捕らえに来る…自分を失うまで。

だから、休む場所を探して明るすぎる夜を彷徨いながら、古びて色褪せた写真のように感じる日々を過ごすとき、誰にも知られないように膝まづいて祈った慰めの絵や、喜びに満ちた過去の囁きだけが、生きていると感じさせてくれるものになる。人にはいつか終わりが来るという本質が、毎朝の呼吸をより大切な瞬間にさせるんだろうか?僕らは薄れゆき、毎日少しずつ消えていくから、今現在の自分と未来に望む自分とのあいだで、正しいバランスをキープするために戦っているから、僕は今、どの夜明けも贈り物であり、再生への招待であり、新しい始まりへの扉だと信じているんだ。

光が輝き続けるように

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ウェブロックマガジンBEEASTでのコラム連載より

2016年3月2日 – ニューヨーク

僕の人生では、シンプルなジェスチャーが深い意味を持つことが多いんだ。だから、Your Favorite Enemiesのベーシストであり、弟のような存在であるベンが、表紙にアーネスト・ヘミングウェイの言葉が刻まれたノートを僕にくれたとき、それがベンにとって特別な行いなんだって分かってた。僕がヘミングウェイのファンだってだけでなく、そこに刻まれた言葉にも意味があったんだ。自分が体験する様々な冒険に多くの人を招いて、最大限に楽しんでもらおうと努力する割には、僕自身がそうすることは稀だってのを、ベンは知っているからね。このノートに刻まれた言葉について想いを馳せながら、BEEASTマガジンでの初めてのコラムを書いてる。そして、僕が書く言葉をみんながどう受け取るかってよりも、自分が感じたままに書こうって思ってるよ。

最近はずっとスタジオに入って作業してるんだけど、先日ライブのためにニューヨークに行ったんだ…ニューヨークへ発つ数時間前、太陽が顔を出そうとしている薄暗い夜明けに、僕はこの言葉について何度も何度も考えていた:

“人生について言葉を綴るなら
まず生きなければならない”
– アーネスト・ヘミングウェイ

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