「Up Til Dawn」(またはDがFシャープとデートしたい時)

僕らの共通の家や、オフィス、スタジオの至るところに、ハートの形をしたデコレーションがあるのに気づいて初めて、今日はバレンタインデーだと思い出した。”この突然のラブ・フェスティバルは何なんだ?”って思ったくらいだ。そう、僕は鋭さを少し失ったみたい…脳微小塞栓症が、何でも商業化にするのを嫌う気持ちと出会ったせいにしよう。愛は日常的なことじゃないのかい?とにかく、数名の人たちは明らかに愛に満ちていた。ハートの形のアイテムが至るところにあったからね。みんなが使うバスルームのシートにハートのステッカーが貼られているとき、敬意を払う必要がある。それは本当に感銘的な愛の労働だったよ…
僕らは今スタジオで「Up Til Dawn」の曲に取り組んで、アイディアを組み込んでる。アルバムの幕を開ける楽曲になるかもしれない曲なんだ。僕にとって、アルバムで最も大切な曲は最初と最後の曲。最初の曲は、アルバムの旅路を指し示すヒントになるようなものであって欲しいし、聴く人を招待するようなものであって欲しい。親密な方法でリスナーを迎え入れ、その後どこへ導かれようとも、見えない道への一歩を踏み出したいと思わせるような。そこには常に重要な内省の探究があり、僕自身もアルバムの本当の本質を理解するのには年月がかかるから、今の時点では、強く信じる心が必要になるんだ。そうして、やがて音や言葉が自らのペースで進化していくんだよ。僕は自分の役目をチャネリングメッセンジャーとして捉えてる。目を閉じて、自分の周りにある全てのものを手放すたびに、まだ見ぬ航海がフラッシュの光のように、ゆっくりと姿を表すんだ。それは、実際にどの音を弾くべきか、というよりも、内側を探るものであり、自己探究だよ。自分の心の最も秘密の場所や隠れている場所へと深く飛び込むとき、そこに地図はないんだ。それは正直、恐ろしい。不変であって欲しいものを全て変えてしまうかもしれない。だから、心の中の旅を始めるとき、その”報酬”は、自分の人生の枠組みだったものが完全に壊れるのを見ることかもしれないと知っていなきゃいけない…そして、一度それが起こると、もう引き返せないのさ。
アルバムの最初の曲に何を思い描いたかバンドメンバーたちに話したあと、2日続けて病院で検査したこともあって、とても疲れていたから、少し横になることにした。2時間後に戻ってきたとき、メンバーたちは笑っていた。普段それには2つの意味があるんだ。彼らが”これだ”と思うものに触れておらず、僕に「実際何を伝えたいんだっけ?」って聞くために僕が戻ってくるのを待っていたか、「君に聴いてもらうのが待ちきれなかったよ。すごいのができたんだ!」のどちらか。3つ目のオプションがあるのは稀だけど、ある。それは「たった今何が起きたかAlexが知ったら、大笑いするだろう!」というのも。そして、今回はこの3つ目だったんだ。Benが最高にディープなものに触れて、かなり複雑なものへと掘り下げたと言ったとき、僕はもちろん、聴かせてくれと言った。それが僕らのスタジオで作業する恵みなんだ:僕らのクリエイティブな解放のレスポンスはかなり早い。そして、Benが笑い出した:「バンドの学者であるMooseに説明を頼むよ」すぐにその状況が、ソングライティングの構造のエッセンスに関するものか、大学でMooseが洗脳されたアカデミックな制限についてだということが分かった。ドラマーになるために大学に行く奴がどこにいるんだ?それは、また別の話題かもね…。Mooseは、彼もまた笑っていたけど、僕がBenと書いた「Up Til Dawn」のスケッチがある特定のキーで作られていて、それを補うためのキーを色々と試してみたいとか、そういう感じのことだと説明した。Benは笑いが止まらなかった。というのも、曲とは実際にマッチしないキーで、これまで2時間ほどずっとループやレイヤーやダイナミクスを作っていたから。僕の最初の反応としては「おぉ、じゃあすごくクールじゃないか」他の人が良いものと良くないものをどう定義するか気にしないけど、僕の耳と感情が教えてくれるはずだ。えっと…それは全然良くなかった。Mooseが、DはFと相性が良いから、と説明するも、Benは笑いすぎて涙が止まらなかった。だって、僕らの曲はFじゃなくて、Fシャープであって、Dは全然フィットしないんだ。彼の声は徐々にチャーリー・ブラウンの先生のような声になっていった。Benにはそれが分かっていたんだ。僕らはみんなで大笑いして、最後には:「まぁ、Mooseが実験音楽を始めるなんて、今世紀最大の良いニュースだ!お祝いしよう!俺たちの脱アカデミック・プログラム・プロセスはようやく実を結んだ…YES!!!!」